「・・・え?」
どこを見渡しても真っ白な世界に、は驚いて頭の中が真っ白になった。なんでだ?さっきまで自分の身体の傍にいたじゃないか。
なんて自問自答する。けれどそれも僅かのことで、まあいいか。と思考を停止した。この部屋の、というかこの空間の?
あまりの白さにもしかしてここ死者の行く場所かな、なんてファンタジーなことが思い浮かんだ所為だろう。
しかしこれからどうするべきか。こんな何もないところでいつまでもいると言うのは勘弁して欲しい。
絶対精神的に病む自信がある。何とか状況を打破できないかともう一度きょろきょろとあたりを見渡してみるけれど、
先程と変わらぬ空間があるばかり。
・・・・・・真っ白だ。どこも、なにもかも。
若干げんなりして、その場にぱたりと倒れこむ。「はぁ・・・・・・・・・ん?」大の字になって寝転がる
の目に、何かが映った。それはこの白い空間にはあまりにも場違いであろう、大きな、扉だった。
一瞬固まって-------ああ、あれは地獄か天国行きの扉だろう。と勝手に解釈する。
だってその扉の前に、これまた白い物体の番人のようなものが座っていたからだ。
ここに永遠に座っているのもあれだ、どっちにしろ死んでるんだしさっさと扉くぐるかぁ。なんて
思いながら身体を起こすと、それの不可能さに気がついた。
・・・あれ?あの人、何で天井に座ってんの?
そう、その扉も、番人も--------が寝転んでいたときは目の前にいた。つまり、そこに立ったにとっては、
扉は頭上、と言うことになる。あれ、これ無理じゃね?とが思わず考えてしまうのも無理はないはずだ。
それにしても、神という奴はどこまでに試練を与えるのだろうか。もしかして、この何もない空間を登っていけとでも言うのか。
だとしたらどれだけドS意地悪なんだろう。だけれど、ずっとこのままだと言うのも耐えられない。「よし、」と自分に気合を入れると
とりあえず彼らがいる場所まで登ることにしてみた。
「う、・・・ぐぐ」
ビターン!!
「・・・・・・・・・・・・って登れるかー!!!!!」
と思わずセルフ突込みをしても仕方のないことだろう。「ビターン!」の音でもはやお分かりだろうが、
登ろうと何もない空気な壁に足を掛けた所でこけたのだ。受身なんて取れるはずもなく、は盛大に
顔面をぶつけた。まあ、もとより登れるとは思ってなかったが、これで1つの方法が潰えてしまった。
「痛い・・・はぁ、あのーすいませーん!!」
鳴かぬなら 鳴かせてもらえ ホトトギス
ってね!自力が無理なら奴に頼るしかない。口の横に手を当てて、メガホン代わりにする。
自慢じゃないが、声は良く通るほうだ。あの番人とはそれほど遠い距離じゃないし、絶対にの声は
届いているはずなのだけれど。「すいませーん!!おーい!!!」ぶんぶんと右手を振ってみるけれど、
彼はこちらに気付かない。いい加減苛々してきて、比較的温厚な自分でもキレそうだ。
靴でも打ち当ててみようかと片方のローファーを脱いだ瞬間。
ぐるり、と視界が回った。
「、え?」
『よう』
「わぁぁぁぁ!!!」
『・・・なんだ、失礼な』
のその叫び声にむっとしたように、目の前の白い物体の声は低くなった。(番人から白い物体へと
呼称が変化しているのはいわずもがな、である。人じゃなかった)「むっとした」ことが声でしか判断できないのは
、奴の顔が無いからである。やはり地獄の番人か、とごくりと唾液を嚥下すると、奴はニッと無駄に美しい白い歯を
見せる。
「な、なんですか」
『いやー悪い。お前あっちの住人だったな』
「は?あっち?」
『ああ、気にすんな。こっちの事情だ』
・・・・・・全く意味が分からない。あっちとは先程までが生きていた世界、所謂生者の世界ということか?
番人なら説明しろよこのやろう、と思ってしまうのも当然のことであろう。そして質問に答えやがれ。
にやにやした白い物体に苛々して、だんだん口が悪くなっていく自分に気づいて内心頭を抱える。
いやだぁぁぁ!!!一応学校ではミス清純で通っていたのに!ちくしょぉぉぉぉ!!
外見は百合のごとく儚く微笑みながら、心の中では目の前の物体を口汚く罵っている。
そんな空気を察したのか、目の前のシロ(どこかの犬のような名前だ)は漸く口を開いた。
『とにかく時間が無い、さっさと行けよ』
「どこに!?ってか、誰ですか、あなた」
『・・・俺?』
にやり、と。まるでお前が俺の名前を聞くのか、と言う様に口端を吊り上げたシロは、の右目に手を伸ばす。
その行動に逃げなければ、と顔を逸らそうとするけれど、身体は言うことを聞かずにシロの手が迫ってくるのを大人しく待っている。
まるで自分の意思で逃げずにいるように。
ひゅ、
ぴたり、との右目に張り付いたシロの手?は見た目に反して温かく、まるで目の前の存在が’人’であるかのような
錯覚を起こさせる。少し安心して、ほ、と肩の力を抜いたときだった。
「ぃ、ぎゃ!!ひぎっ、あ、ぁ」
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
痛い!!!!
シロが触れた右目がズクズクと痛みを訴えている。思わずシロの手を払い落として、右目を手で覆うと、
余計に痛みが増して、どこもかしこも白い床に蹲る。
「ひぃ、いっあ!!ぅぐ」
覆った指の隙間から零れ落ちる赤色。眼に痛いほどの白に映える、赤のコントラスト。
ぽつり、ぽつり。
『俺は、お前達が世界と呼ぶ存在。あるいは宇宙、あるいは神、あるいは真理』
「ぅ、あ、あ」
『あるいは’全’、あるいは’一’。・・・・・おーい、聞こえてるか?』
何を、何を、何を言っている。自分をこんな目に合わせておいて、’神’だと?
’真理’、だと?
ふ ざ け る な !!
未だじくじくと痛む右目を手で覆いながら痛がるを、にやにやと笑うシロを左目で睨みつける。
その時、ガタン、と音をさせてシロの後ろの扉が開いた。「あ、あ、」扉の隙間からうにゅうにゅと
飛び出してくる、触手のようなソレ。ひ、と恐怖に支配されたの口から小さな悲鳴が漏れる。
「いやだ、いやだぁ!!」
『ああ、もう対価は貰ってある』
「来ない、で!ぅあ!!」
厳かなセフィロトの扉から伸びてくる黒い手は、逃げようとするの足を容易に捕まえ、ずるずると
扉の向こう側へ引きずろうとしていた。