どうして、どうして、どうして。
私が、何をしたというの?私が、貴方の何に怒りを買ったの?ねえ、--------か み さ ま。
どうして、よ。
『生きろ、そして護れ』
「、ぅ」
訳が分からないことを口走るシロに言い返す暇もなく、ずるずると伸びてくる黒い手。
いやだ、と引きずる黒い手に逆らうようにして片方の腕を突っ張る。
恐怖と痛みで涙は止まらないし、最後の抵抗をする左腕はがくがくと震えていた。
それでも、あの扉を越えたくは無かった。見知らぬ場所へ行くのが恐ろしかった。
自分が、自分でなくなるような気がした。
「ぅあ!」
必死に突っ張る腕が汗で滑り、扉へ引きずられていく。5センチ、10センチ、と扉へ身体が引きずられ
るごとに狭まる距離。もうだめだ、とぎゅうと眼を瞑る。
『・・・ああ、言うのを忘れていた』
「え、あ」
『・・・・・俺は、’お前’だよ。』
「いやぁぁぁぁぁ!!!!!」
*
------暗い。昏い。深い。
そこはまるで、終わりの見えない無限の暗闇だった。ゾワリと肌を伝う何かがこの暗闇にはあって、
己を恐怖で固まらせている。怖い。とっても、怖い。まるで自分が消えちゃうような感覚に、両手で
自分の身体を抱きしめる。感覚はあるのに、やっぱりそれは見えなかった。
永遠にこのままなのだろうかと、思考がネガティブな方向へ行こうとした時。今まで底なし沼のように
暗かった空間に、ほんわかと優しい光が灯った。ぽう、と光るそれは、何かのフィルターを通した
透き通った光。
自分は暗闇の中で唯一の光に縋りつこうと懸命に足を動かす。走って走って走って、下半身の運動能力が
落ちたみたいに何度も足が縺れて、転がり。ひんやりと冷たい床に両手を突いて、もう一度その光を見上げる。
結構な距離を走ってきたはずなのに、光に近づくどころか、むしろ遠ざかっているようだ。
「待って!」
きえないで。
光に向かって必死に手を伸ばす。
----------------たすけて、
*
ぱちり、と目を覚ます。途端に眩いほどの白い光が目を突き刺し、反射的に目を瞑る。
そうして目を開いたり閉じたりを何回か繰り返すと、目が慣れてきたのか先程よりは幾分とましになった
光が目に入った。目の前には、白いけれどもひび割れ、煤(すす)汚れた天井が広がっている。
(・・・・私の家じゃ、ない)
の家はボロいが、少なくとも電球が剥き出しで天井からぶら下がってなどいなかったし、
もちろんコンクリートの壁なんかでもなかった。ならば、ここはどこなのだろう。
自分が死んでる夢とか、変な扉に引っ張られる夢を見てしまって、あまりいい寝起きとは言いがたい。
とりあえずここがどこかを把握するためにも一旦起きようと仰向けの身体を反転させようとして、
---------身体が動かないことに気がついた。
「う、?」
何故動かないのか疑問に思いながらもどうにかして身体を起こそうとする。四苦八苦の末、
下半身辺りは横向けになったようだが、肝心の上半身。もっと詳しく言えば頭が・・・ひどく重かった。
「う、あうー!(な、なんで!?)」
「起きたか」
「みゃ、!!」
確かに声に出したはずの言葉がはっきりした形にならず、まるで赤ん坊のような言葉が自分の口から発せられたことに驚き
口を塞ごうとしたとき。ガチャリとノブを捻る音がして、聞いたことのない野太い男の声が耳に届いた。
かつん、かつん、とひどくゆっくりとした動作で靴で床を叩く音が近づき、顔に影がかかる。
「、っ」
誰。
見知らぬ人間に縮こまるを無機質な瞳で見下ろす、眼鏡の男性。医者なのか、白衣を身に付け、
手には数冊のファイルがあった。何かの薬品の匂いをぷんぷんと臭わせる男は、まるで実験動物を見るような目
をに向け、次いでファイルに目を向けた。
誰なの。
「ふむ、餓鬼の癖に知性のある瞳をしている」
「あ、!・・・く」
「どうした。恐ろしいか?」
------怖いよ。なんで。これも、まだ夢の続きなの・・!?
にやにやと不愉快な笑い顔でそうのたまう男を反射的に殴りつけようとして、目に入った小さな手に絶望を覚えた。
小さな紅葉みたいな、手のひら。本当の’’の半分もない小さな手は、目の前の男を叩こうと懸命に
開いている。軽い眩暈を感じながら拳を作ろうと指に力を入れると、視界に入った小さな手が同じように
拳を作る。
なに、これ。・・・・・冗談でしょ?
だって、だって!!なんで!!
「よし、●●●●」
「う、あーぅ!(痛い!)」
聞いたこともないような名前と同時に、拳を作った右手首を折れそうなぐらいの強い力で
男が握る。とファイルを見ながら話すことからして、●●●●はの名前か。
痛みにぎゅ、と眉根を寄せるを男は嘲るように嗤い。
「お前は、今日から’大総統候補’だ」
嘘、やめて。早く、速くっ!・・・・夢なら覚めて、よ。