とケイが出会ってから、1ヶ月ほど経った。毎日とは言わないが、たちは3日に1回のペースで 会うことにしている。お互いの名を呼び、体温を分け合う。まるで恋人との逢瀬のようだったが、 18歳と2歳では年の離れた兄妹にしか見えないだろう。


二人はそれを承知で、--------いや、夜中にこっそりと会っているため周囲の人間には二人の関係はばれていない -------お互いが唯一無二の存在であるかのように振舞った。



「ケイさん」
「なんだ?」
「寒くないの?」


ケイを気遣うような視線で後ろを振り向く。いくらこの施設が室内温度を適温に設定していても、 コンクリートの床に座り込むのは寒いだろう。そういうと、を抱きしめる腕の力が強まった。



「いいや。が子供体温だからな」
「子供・・・!?」
「くく、拗ねるな」
「・・・・・・拗ねてないよ」



頬を膨らましてぷいっと別の方向を向くに笑みを浮かべる。拗ねているくせに、本当のことを言わない 意地っ張りな子供。愛しいというように目を細め、の小さな頭に顎を乗せた。今のの体勢は 、ケイの腹に背を向けてまたがり、胸板へ身体を預けている状態だ。ケイの顎が痛かったのか、 ほんの少し身を捩り、楽な体勢に落ち着くと再び本に視線を落とした。 の手の中には、なにやら難解な内容を記した文字が1ページにぎっしりと詰まっている本があり、 見ただけで眠気に襲われそうだ。だがあいにく、どちらも『候補』としての教育を受けていたので、 殊更大変なことはなかったが。


「・・・・’錬金術’か?」
「んー。’あいつら’が持ってきた本の中に入ってた」



施設の中には、膨大な数の書籍がある部屋が存在する。ジャンルはさまざまだが、『帝王学・歴史・ 戦略・心理学・世界地図エトセトラ・・・』と、大総統候補に相応しい本しか白衣の人間は持ち込まない。 自分たちの研究対象が余計な知恵をつけないようにと色々考えているらしい。



「使うのか」
「・・・ああ、便利じゃない?錬金術」


目で文字を追いつつそう答える。確信のような、確認のような言葉ではあるが、ケイにはそれに返す言葉はない。 錬金術というものがあることは知っていたが、所詮それも歴史書や授業にちらっと出てきたぐらいで、 このような専門の書籍は初めて見た。それを知っているはずのは、相変わらず本にのめり込んだまま。 ・・・何も2人の時まで勉強などしなくていいのに、とケイは溜め息をついた。












物心ついた頃から、自分たち『大総統候補』は白衣の人間に監視されていた。 にやりと笑う男たちに見られながら、剣術・銃術・軍隊格闘を身に付けていく。 いつか、自分が『大総統』となり国を背負うのだと信じて-------。



そうやって流れた歳月は決して短いものではない。だから自分のやっていることに疑問を持ったことなどなかった。 同じ『大総統候補』同士で争っても、後悔などしないだろう。きっと。『大総統』はただ一人。 ひとりだけ。



そう思いながら生きていた自分を、変えたのはだった。自分と同じ年齢の人間と一緒に 混じって行動する子供。その目には自分たちからは消えた光が確かにあって、格子に妨げられた 窓の外を見つめる姿は何故だかもどかしい思いを抱く。・・・そう、彼女を見て、『ここはおかしい』 と思ったのだ。



「泣かないで、なかないで」


「私が、傍 にい るよ」



「あなたの名前を、呼びたい」


小さな身体で自分を抱きしめ、彼女はそう呟いた。お互いが人間の温度に触れることに泣きそうになったけれど、 それでも泣きはしなかった。動揺したことを表に出すほど自分たちは愚かではない。長い間ここにいたことで、 自分の気持ちを隠してしまえる。なかったことにできる。・・・そうやって、生きてきた。


だけれど、自分の名前が呼ばれるだけで、彼女の名前を呼ぶだけで、言いようのない思いがこみ上げてくる。 が笑うだけで、優しい気持ちになれる。そうして自然と自分も笑うことができるのだ。 これは、きっと、シアワセなこと。 と一緒にいて、嬉しいも楽しいも愛しいの気持ちも全部、知ることができた。


------彼女が好きだ。だけは、『候補』としての争いに巻き込みたくないと思えるほどに、 自分の今までを捨て去れると思えるほどに。好き、だ。



だから、これから先の未来も、彼女だけは護ろうと思うのだ。