------------嫌な予感が、する。


「ケイさん・・・!!」


ぞわりと背筋を伝った悪寒に、身体を震わせる。傍目には何も変わらないのだけれど、 何か、これから変わってしまうような気がする。それもいいものではない、絶望的な ものに。不安を掻き消してしまいたくて、ケイに会いに行こうと部屋を出る。 何時もなら何人か部屋の中や廊下を見張っている研究者たちがいるのに、このときばかりは見当たらなかった。


「・・・・ぅ、」


電池が切れたのか、点滅している電球の光に照らされたフローリングは薄暗く、 嫌な予感を増幅させた。常時よりも静かな空間が気持ち悪く、口元を手で押さえながら 廊下を進む。目的の場所は、ケイの部屋だ。同じ『大総統候補』ではあるのだけれど、 部屋は年齢別に分けられていて、狭い一部屋に4、5人が詰め込まれている。 ケイは年長たちの中の『候補』だから、一番奥の施設なのだ。



(・・・・勘違いなら、いい)


昨日の夜偶然聞こえた話を思い出して、はますます不安に駆られた。



いつものようにケイと会い、そろそろ部屋に帰ろうと廊下で分かれたとき、一つの部屋から 大嫌いな研究者どもの声が聞こえて、は足を止めた。その部屋は誰かが閉め忘れたのか、 ほんの少しの隙間があり、中の声が廊下まで聞こえる。

『ついに明日ですな』
『ええ。やっと、我々の研究が評価される』
『一人のホムンクルスが、誕生する日だ。なんて素晴らしい!』


(・・・ホムン、クルス?)


(研究?)


白衣のものたちにとっての研究といえば、たち『大総統候補』だ。ならば、明日何かが起こる のか・・・?ケイさん、と後ろに話しかけそうになって、そういえばさっき別れたのだと 思い出した。今から引き返して研究者たちの企みを話してもいいが、あの施設へ行くのは 一苦労だ。ケイぐらいの年齢の青年たちには相当力を入れているのか、見張りの数も多い。


気になる話ではあるが、そこまでの危険を冒してまで伝えに行くのは拙いだろう。 こんな真夜中に出入りしていたと知られれば、ケイにも危険が及ぶかもしれない。 数秒考えて、やはり部屋に戻ることにした。



-------その日は、あまり眠れなかった。











やっぱり、昨日ケイに伝えに行けばよかった、とは起きて早々後悔した。 いつもなら部屋から出るときに来る研究者がいつまでたっても来ない。 時間厳守を掲げている彼らだ。ここに来ては何か不都合なことでもあるのか、 それとも何かにかかりきりなのか。部屋の誰かに聞きたいが、同じ部屋にいるのは 今のの外見年齢と同じ2歳の子供だけだ。『外』の2歳児よりは頭の回転は速いだろうが・・・ この話を説明しても理解はできないだろう。


「・・・っ」


誰にも相談できないもどかしさに、は部屋を出ることを決めた。






ケイのいる施設の前に着き、手に入れていたカードキーを差し込む。三つのランプがついて、 扉が開いた。



(・・・静か過ぎる)



本当にここに誰か人間がいるのだろうか。見張りがひとりもいない。 この施設に入ったのは初めてだったため、ケイの部屋が分からず近くにある戸を開ける。 の部屋と同じように、机とベッドがあったが、部屋の主は一人として存在しなかった。 全ての部屋を開け、人間の不在を確認すると階段を上っていく。



二階は研究室だ。何故だかは知らないが、彼らの研究室はこの施設にあった。




とりあえず目の前にあったドアノブを捻ると、ぎい、と蝶番いが軋んだ音を立てて 扉が開く。足を踏み入れると同時に、は鼻を突く異臭に口元を覆った。


「う、・・・何、これ」



鉄臭い。部屋の中を真っ赤な血が満たしている。入り口まで流れてきていた血液を避けながら、 足を進めた。そして目の前に積み上げられたものを視界に入れて、再び立ち止まった。


--------死体。たくさんの屍。


ケイがいつも着ていたTシャツにズボン。物言わぬ肉片は、その服を血で濡らし、 臓物が腹から出たりしている。誰が見ても、死んでいると理解できる光景だった。


「、ケイさ、ん」


青年たちの中に彼はいないのだろうかと探す。惨状に悲鳴を上げそうになりながら 一番下の人間を確認するためにはみ出していた手を引っ張った。


「--------、------------」
「!」
「----------か--?」


ケイの声だ。突如聞こえた声に動きを停止する。

一人ではないようで、誰かと話している声が耳に届く。場所はどこだろうかと辺りを見回して、 部屋の奥のほうにもう一つ扉を見つけた。何故気づかなかったのだろうか。 血に塗れたこの部屋では異常なほど汚れていない真っ白い扉だ。異様に目に付いて、 はその扉を開いた。




「--------ケイさん!!!!」
っ!」


部屋の中央にあるベッドに、ケイが縛り付けられていた。どうして。床は誰の血なのか 真っ赤に染まり、空のビンが散乱している。この状況が理解できず、ケイに走り寄った を誰かが拘束した。



「何だこいつは・・・」
「っ、放せ!!」
「どこから入ってきたのかしら」
!」



ぎりぎりと締め付ける腕が痛い。必死に逃れようと身を捩るの名をケイが叫んだとき、 ぎょっとしたように目を見開いた。


「あの死体は・・・・」
「どうだ素晴らしいだろう。賢 者 の 石だよ」


見るのは初めてだろう?といやらしく笑った研究者の手には、光る注射器があった。 中には血のように赤い液体が入れられている。


「、ケイさん・・・」
「君で12人目だ」



「わが’憤怒’を受け入れるのは君か?」
「はたまた別の誰かか?」



金髪の人間がそう言い放つと同時に、太い針の注射器がケイの腕に刺さった。


「う・・・・・」
「やめてぇぇぇぇぇぇ!!!!!」


目の前の光景に耐え切れず叫ぶ。を拘束する研究者と離れたいのに、力と体格の差が 邪魔をして、ただケイが叫ぶ状況を見ることしかできない。



「ぎゃぁぁぁああああ!」
「ひ、」


痛いのか、大きな声で叫ぶケイの声に身を縮める。口から、身体から血が吹き出し、 左目はばちばちと静電気のようなものが発生していた。


「、いや、やめ て」





どれだけの時間がたったのか、ケイは叫んだことによって喉を痛め、その声は掠れている。 為すすべなく零れ落ちる涙をそのままに、はその光景を見つめ続けた。


バシンッ!


一際大きな音が鳴り響き、ケイの身体がぴたりと止まった。



「素晴らしい!」
「我々は世紀の瞬間に立ち会えた!」
「ここに新たな人類が誕生したのだ!」


その言葉を聞きながら、ケイはゆっくりと身体を起こす。


「おめでとう!君は選ばれたのだ!」
「この国を次の段階へと導くリーダーに!」

左目を手で覆い隠し、荒い息を吐いた。


「なぁに心配することはない!あとの事はあのお方に任せておけば良い!」
「経歴も財産も家族も友達もなんでも用意してくれるだろう!」
「そうだ!この国のリーダーにふさわしい名を付けねばならんな!」


「ケイ、さん・・・」


「君の名は今日から---------------」



いやだ、いやだ。



「キング・ブラッドレイ」



嫌な予感が、的中した。




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