もう、なにがどうなったのか。目の前の出来事を理解しないように、頭には靄がかかって、
ぼんやりと彼を見つめることしかできなかった。分からない。分から、な い。どうして、
何が、どうなった?
--------そうして、研究者たちに連れて行かれるケイの後姿を、見送った。ケイは、最後まで
のほうを振り返ることは、なかった。
「・・・さて、『キング・ブラッドレイ』よ。これからの為のものは全て揃えた」
「・・・・・・・」
「あとは、何が欲しい?」
金髪の男が、嗤った。初めから何も持っていなかったお前にはもう十分だろう、というように。
人ならざる者になった自分には、それに対して反応することもできなかった。
’普通’の人間なら同情されたのだと悔しがる感情も、絶望も。ただ、自分の父となった人物に
は感謝と服従の心を植えつけられて。・・・自分が何をしたいのか分からない、泣きたいのだろうか。
だけれど心の底にあるのは『憤怒』ばかりで、あの子供を思うことだけが、自分の感情を
緩やかにした。
何が欲しい、など。-----------疾うに決まっている。
「たった一人・・・・欲しい子供が、います」
どうせ逃げられぬのなら、どうかあ の 子を。
男は、小さく頷いただけだった。
*
あれは、ケイがこの施設から連れ去られて、何ヶ月がたった時だろうか。正確な時間は分からなかった
が、数えるのも億劫なぐらいの夜をすごした気がする。大総統が誕生してから、
たち『大総統候補』は殺されそうになった。もともとがいつ死んでもおかしくはない集団だったのだから、
研究者たちも銃を向けるのを躊躇わなかったのだろう。いや、彼らには実験体に対する感情をそもそも持っていたのだろうか。
「もはやお前たちは用済みだ」
と、悲しむどころか嗤って---------真っ黒い銃口がこちらを向く。
他の『大総統候補』は死んで行った。ここで研究が行われていたという事実が広まるのを避けたいのだろうと
思う。
部屋に入ってきた研究者は、最初にドアの近くにいた子供の脳天を打ち抜き、
そしてその次は目に入った子供。それを続けていると部屋には赤いペンキをぶちまけたような血が
撒き散らされ、たくさんの死体が転がる。
もう他の部屋も同じ状況になっているに違いない、と変に冷静な思考で悟った。
これで、終わりなのだろうか。何もかも。
男がトリガーに指をかけて、に向ける。この位置なら、頭など簡単に吹き飛ばせるだろうな。
そしたら、’死’ぬのだ。目の前の死を受け入れようと目を瞑るのに、心の奥底では
死ぬことが怖いと叫んでいる。何故だ。何故なのだ。
--------’前’のときは、簡単に諦めたくせに。
しょうがないよ、と諦観した視線での死を嘆く京子を見つめた、くせに。どうして
この握り締めた拳は震えているのだ。どうして、生きたいなどと浅ましく願っている。
「 」
パァン!!
あ あ、死ん だ ?
銃声とともに、自分は死んでしまったのだと思った。なんて、呆気ない最期だろうか。
なんて、なんて。あなたの声が聞きたい。あなたの名前を呼びたい。
「---------ケイさん、」
「なんだ?」
・・・・・え?あれ?幻聴?その名を呟いたとき、この場所にひどく不釣合いな甘やかな
声が耳朶を叩いた。そっと頬に触れられた温かな温度にも違和感を感じて、目蓋を押し上げる。
薄く開いた目には、会いたいと願っていた彼が優しく微笑む姿が映る。
「・・・どうして」
そういえば撃たれたはずの額も痛くはない。状況を把握できずに視線を彷徨わせると、
先程まで銃を向けていた研究者がその白衣を赤く染め、横たわっていた。じゃあ、
先の銃声は、
「死んで、ない」
「ああ。生きてる」
自分は緊張していたらしく、ひどく掠れた声だった。ケイはの身体を抱きしめ、
確かに手の中にある温度に安堵の息を吐く。
「よかった」
「ケイ、さ・・・」
「本当に、よかった」
痛いぐらいに抱きしめられながら、は零れ落ちそうになる涙を懸命にこらえた。
ああ、そういえばほんの少し彼はやつれたように思う。
「・・・どうして、ケイさんが此処に」
あなたはあの金髪の男に連れて行かれただろう、というニュアンスを言外に含ませる。
あの日こちらを振り向かなかったから、もう忘れられていたと思っていたのに。
嫌われたのだと、思っていた。
そう言って身体を震わせるの旋毛に軽く口付けた。何をされたのか分かっていないのか、
変に身体を跳ねさせて、ケイの胸板に顔を押し付ける。シャツが少し湿っているので、
おそらく我慢できずに泣いてしまっているのだろう。ふ、と笑う。
’父’にが欲しいと伝えたのはよかったが、そうするには自分がそれなりの地位と
力を身に付けなければならなかった。もしを自分の側に置いたときに何かを言われても、
圧倒的な力さえあれば心配はない。だから、を迎えに来るのに長い時間がかかってしまったのだ。
「。----------迎えに、来た」
だから、一緒に生きよう。と、耳元で囁いた。