「・・・・はぁ、また来たんですか」
「は?どうした、」
「いえ、何も。すみません、急用ができたので先に行っておいてください」
そう言うと、怪訝な表情をした相手に背を向け再び元来た道を歩き出す。後ろで未だ戸惑った声が
聞こえていたが、もうすぐ授業も始まることだし、すぐに諦めるだろう。これから会う相手に
彼は耐えられないだろうなと思いながら角を曲がると、もう声は聞こえなかった。
「・・・また来たんですか?」
『よく分かりましたね』
「もう慣れましたから」
そう言って大きな溜め息を吐いてやると、相手から苦笑する気配が伝わってきた。
まったく、彼は何の用なのか。たびたびを訪れては少しのお喋りをして帰って行く相手。
「・・・・あなたたちは、本当に暇ですねぇ。--------ホムンクルス」
『暇ではありませんよ。まあ、そこまで急いでいるわけでもないですが』
全ては計画通りにいっていますよ、と伝えてくる。彼らの言う計画になど興味は一切ないのだが。
壁に背を預け、両腕を組む。
『ああ、そういえば・・・ラースはまた戦功を立てたようですよ』
’ラース’の名にピクリと眉を跳ねさせたは、決して姿を見せない影のような相手に
吐き捨てるように言葉をかける。
「こちらにも情報は入ってきています。で?これで満足ですか」
『・・・もう少し相手をして下さってもいいでしょう?そんなに嫌いですか』
何を、とは彼は言わなかった。
「何を今更。・・・嫌いだといっても、憎いと罵っても、どうせ貴方がたが目の前から消えることは
ありませんから」
ああ、忌々しい。せめて、と思いながら彼の本体であろう影を靴で踏みつける。
「ひどいですね」と全くダメージを受けていない声色で彼は言う。・・・そんなところが
嫌いなのだ。
『そういえば、先程の彼は誰なのです』
「・・・・・・ここでの友人ですよ。軍に入るのですから、横も大事にしとかなければ
いけませんからね」
『・・・君って本当に子供らしくありませんよね。本当に15歳ですか?』
「そうならざるを得なかったんです。あなたこそ外見年齢が子供な癖して」
そう、は15歳になった。もう少しで前の世界と同じ年齢になってしまうが、
それまでのプロセスは全く別物。
『そろそろ戦場に出るのでしょう』
「・・・・・ええ」
『せいぜい生き延びることですね。・・・ラースを護りたいのなら』
「それこそ今更でしょう」
---------の目標は生き延びることではない。それは過程にしかならず、行きつく先は
キングの側へいくこと、である。
ふ、と嗤うと相手も同意するように笑う。ああ、彼もこうやって笑えば人間の子供らしく
見えるのにとどうでもいいことを思った。
「-----------?」
「ハクロ・・・どうしました」
「いや、・・・・・授業にでないのか」
「先に行っていなかったのですか?」
「・・・・・・・」
それきり黙りこんだ相手へ小さく笑いを零す。どうせ彼のことだ、いきなり踵を返した
に躊躇いながら教室へ行ったものの、気になってまた戻って来たのだろう。こちらに来る
気配に気付いてはいたが、本当にハクロだったとは。
壁から背を離し、ハクロへ向き直る。わざわざ迎えに来てくれたことだし、今度こそついて行かなければ
無駄に怪しまれるだろう。
「行きましょうか」
「あ、ああ。・・・・・・・もう、いいのか」
がらんとした廊下を歩きながら隣の彼が躊躇いがちに聞いてきた。自分よりも幾分か高い
彼を一瞥し、「何がです?」と口にする。
「急用だったんだろう」
「・・・ああ。もういいんです」
急用と言うのは言葉のあやで、実際にはただのお喋りだ。それもホムンクルスの彼の
暇つぶし、という。そういう意味で答えると、まだ何かあるのかハクロは逡巡躊躇い、
そして声を潜める。
「お前、誰かと喋っていたんじゃないのか」
「・・・・・・・聞こえたのですか」
つい、と目が細まるのが分かる。もとよりあんな場所で話していたこともあり咎める気はないのだが、
会話の相手を知られるのはこれから先少し都合が悪いかもしれない。にこりと綺麗な笑みを浮かべると、
ハクロの顔は一瞬にして引き攣った。
「よかったですね、殺されなくて」
「・・・・は?」
「いえ、こちらの話です」
止まっていた歩みを進めると、ようやく教室に着いた。中から話し声も聞こえてくるが、
それは自分と同じ生徒たちだけだ。今日は休講なのか、未だ来ていないだけなのか。
教鞭をとる人間は教室にはいないらしい。ノブに手を掛けると、後ろからハクロの声が
を引き止めた。
「誰と、話してたんだ?」
「・・・そんなことを聞いてどうするのです」
「・・・・・・聞きたいんだ」
後ろを振り返ると無駄に真面目な顔つきをしてハクロが見つめる。一体なんだというのだ。
もちろん却下する気ではいたが、あまりに秘密主義では信用も得られないかと考えを
変える。こういった打算の中には、この答えを言って目の前の男がどういったリアクションを
取るのかという面白半分も含まれていたが。
「そうですね。---------’プライド’ですよ」
「プライド?」
「そう、’わたしたち人間の中に隠れ潜んでいるプライド’」
口に笑みを刻むと、ハクロは今度こそ何も言わなかった。