士官学校の最終学年は、実地訓練として実際に戦場へ送られる。此処で命を落とす人間も いるが、いい成績を出せばその分出世も早くなる。他の生徒も俄然やる気が出るという ものだ。


士官学校に入るということは、軍人になるということで、それはすなわち自分たちと同じ 人間の命をこの手で奪うということ。それを覚悟して、皆それぞれの理由で在籍しているのだ。



(そろそろだな)


これから始まる地獄に目を瞑り、ゆっくりと深呼吸した。


(大丈夫大丈夫だいじょうぶ・・・)

「キング、」



この銃を持つ手が震えるのは、自分の弱さの所為ですか。













「死ぬなよ」と、ハクロに手を握られた。自分のほうが死にそうな顔をしているくせにとは この時ばかりは言えなくて、自分は思った以上に緊張しているのだろう。 いや、怯えているのか。---------戦場の匂いに、音に。


向こうのほうで整列を指示する言葉が聞こえて、他の生徒たちもそちらに足を向けだした。 ああ、もう行かなければならない。いまだ手を離さぬハクロを見上げると、手を掴む力が 一層増した。「ハクロ、」離してくれと告げる前に抱きしめられて、「生きてくれ」と 言われた。


「ええ・・・あなたも」
、      」


小さく耳元で囁かれた言葉に思わずハクロを突き飛ばした。「っ、」存外に力が強かったのか、 ハクロは大きく尻餅をついてを見上げた。もともと悟っていたのか、表情は 変わらなかったが、瞳に傷ついた光が映る。


知っていたけれど、それでいて知らない振りを貫き通していたのだけれど。でも。



抱きこまれた所為で乱れた軍服を綺麗に整え、列に向かおうと歩き出す。もう後ろは振り向かなかった。  同じように列に並んだハクロからは、未だ縋るような視線が纏わりつく。・・・どうしろというのだ。 同じような気持ちを返せとでも言うのだろうか。好き、だと?


それは無理だ。自分の気持ちはキングのものだ。身体も、心も、いのちすら。 だからハクロに気持ちは返せない。そもそも恋愛感情などを彼に持ってはいない。強いて言うなら ’友愛’か。けれどもキングが彼を切り捨てろというのならば、 自分はいつだと命令どおりにするだろう。その時は友愛など邪魔なだけだ。


「・・・気持ち悪い・・・」



ひっそりと呟いた。







「ブラッドレイ!撃て!!」
「っ、うあ」


パァン、と弾けた音がした。それはなんてことはない、いつも扱っている銃の発砲音。 なのに違う、と感じてしまうのは、それが人間の身体に吸い込まれてしまったからだろうか。 銃弾の衝撃で弾き飛んだ人間に目を向ける。・・・・・ころした。


無駄に巧くなってしまった銃の腕は、鈍るどころかますます磨かれて行くようだった。 いとも簡単に人間の脳天を、心臓を、腹を。狙ったどおりに撃ち抜くことができる。


殺した。確かにこの手で。・・・それを嘆く暇もないというのは、ほんの少し感謝した。 撃っても撃っても切り付けても絶えることのない敵は今も自分たちを殺すために向かってくる。 目の前で人間が死ぬのは何度も見たことがあった。キングがその剣で切りつけるのも、 この目で。だけれど実際に自分の手で殺すのは恐ろしい、と思ってしまったのだ。 ・・・死ぬわけにはいかない。生きて帰らなければならないのだ、絶対に。・・・ころさ、 なければ。



それは、一種のマインドコントロールのようだった。殺さなければこちらが死ぬ。だから 罪悪感など捨て去って、あちらの世界での’道徳’など忘れなくては自分が保(も)たない。



ドンッドンッ!


「っひ、く」



--------泣きたい。
十数年前に涸れてしまったはずの涙が溢れ出てきそうだ。そう思うのに、出てくるのは 掠れた嗚咽ばかりで、いよいよ自分も感傷に浸れないものだと呆れ返ってしまう。


爆音が止んだ。今日はあちらも終わったようだ。垂れた前髪がひどく邪魔で、右手で掻き上げると、 米神を伝う血液が目に入る。ああ、気付かなかった。今の自分は全身返り血に塗れている。 とりあえず視界だけでも綺麗にしようと右目を擦るが、血の赤は消えない。



ズキッ

「い、た」


尋常ではない痛みが右目を走り、反射的に手で覆う。「あ、ぐっ」目を抉り取られるような 痛みがを襲い、その場に蹲った。どうして、何故こんなにも痛い。この痛みはまるで------- そう、まるで。あの日自分を真理と名乗ったシロの手が右目に張り付いたときのような。



「あああああああああああ!!!!」







どれくらいそこで蹲っていたのか、気付いたときには辺りには夜の帳が落ちていた。 昼間とは正反対に、異常なほどの静けさが広がっている。ようやく拠点に戻ると、 泣きそうな顔のハクロがを出迎えた。



・・・!!っ、よかった・・・」


また性懲りも泣く抱きしめてきて、この男は昼間突き飛ばされたことをもう忘れてしまったのかと 密やかに溜め息をつく。ああほら、他の人間が邪推な目でこちらを見ているではないか。 ひゅう、と口笛を吹く男に視線をやると、途端に真っ青になった。・・・そんなにひどい顔を しているのだろうか。


「ハクロ、大丈夫ですから」
「あ、ああ。・・・・、その目はどうした?」



離れたハクロはの右目に巻かれた包帯を見、目を瞠った。帰ってくる前に適当に巻いてきた だけなので、処置は一切していない。また血でも出てきたのだろうかと手を当てる。


「敵に、やられたのか」
「ええ。油断していまして、少し」



----------そう、’得体の知れない’敵に、ね。