次の日もその次の日もひたすら引き金を引き続けた。この戦争が終わればすぐに卒業だ。 キングの下に帰れるのだ。そう思うと、もはや右目の違和感は感じなかった。


人並みにあったはずの罪悪感も、消えてなくなった。(と、思い込むことにした)





久しぶりに中央を訪れたが、相変わらずここは賑わっている。東部や南部の地方から 流れてくる物品や職を求めてくる人、理由はさまざまであるが、それにしても人が多い。 あまり人混みは好きなほうではないのに。そんなことを思いながら司令部に足を踏み入れた。 キングは今どこにいるのだろう。一応来る前に連絡はしておいたが、あの人は きちんと大総統府にいるのか。



「・・・あ、」



途中、見知った顔に気付き、は右手を上げ敬礼する。「レイブン中佐」と声をかければ、 こちらに今気付いたのか、驚いたように目を見開いた。


・ブラッドレイ・・・中尉、だったかな」


肩にある位を示す星を確認し、レイブンはその褐色肌に歯の白を覗かせる。


軍服には肩の辺りに軍位を示す印がある。白い線は、将官、佐官、尉官、准士官、下士官 を区別し、星の個数は3つが大、2つが中、1つが少と決まっている。は現在 中尉であるため、白の線は3本、星は2個だ。目の前の男は---------白線が4本に 星は2つ。同じ星の数だというのに、線の差はあまりにも大きい。


「この前の戦で中尉に」
「・・・そうか。ブラッドレイ将軍なら執務室にいらっしゃるはずだ」
「ありがとうございます」



何も言わなくても、が中央を訪ねた意味をレイブンは正確に把握している。 こういう男が早く出世するのだろう。他の者をよく観察しているというか、・・・目敏い、 というか。それ故に他の人間のものを欲しがる、欲ばかりを持つ輩もいるのだ。 今はまだ若いからいいが、これから年を取るにつれてどうなるのかは分からない。 せいぜいキングの邪魔だけはしてくれるなよ、と牽制をこめた視線をその後姿に送り、 は執務室へ足を進めた。












扉の前には護衛が一人もいなかった。確かに護衛よりもキングのほうが強いが、 それでも盾ぐらいにはなるだろうに。全く、無用心なことだ。キングはいまだ大総統に 着任してはいないが、上層部の間では’キング・ブラッドレイ’になることが決定している。 その為に、今は軍の下部の者でも納得できるような経歴を’作っている’のだ。だから キングは異例の早さで将軍職についている為、度々その命を狙われることも少なくはない。


コンコンッ

軽くノックをすると、中からの入室許可を待つ。


「・・・入れ」
「失礼します」


久しぶりに聞いた声に、緊張に似た胸の高鳴りを覚える。それを悟られないように 一切の感情を削いだ声で言葉を返し、ノブを捻る。部屋の真ん中には、多くの書類が積み上げられた デスクがあり、そこには士官学校入学と同時にずっと見ていなかったキングが座っている。 彼は少し老けたようだった。それもそうだ、4年も経てばキングは32のはずだ。



・ブラッドレイ、無事帰還いたしました」


一層鋭さを増したキングの視線に晒されながら、デスクの前で直立し敬礼する。 「・・・ご苦労だった」数秒の沈黙の後、キングはようやくそう呟いた。おそらく、が 中尉になった経緯を知っているのだろう。この前の戦場で、は戦功を’立て過ぎた’。 すなわち、人間を殺しすぎたのだ。



「おかえり」
「・・・ただいま、キング」


ふ、とその瞳に優しい光が映る。ああ、ようやく帰って来れたのだ、ここに。 「おいで、」と静かな声色で手招きされる。ここからは’・ブラッドレイ’ではない。 ’’の時間だ。机を回り込みキングの正面に立つと、そのまま腕を優しく引かれた。


「よく、無事で帰ってきてくれた」
「・・・はい」



ぎゅ、と抱きしめられる。逞しい腕、厚い胸板、大きな手。彼に抱きしめられたのは何年ぶりだろうか。 やさしい。きもちいい。あんしんする。ハクロとは、他の男とは全然違う。彼の触れた場所から 融 け そ う に、なる。



ほう、と恍惚の息を吐いたとき、キングの手が恐る恐るとの顔に触れた。


、この眼帯はどうした」


この部屋に入った時から、ずっと気になっていたのだろう。目の前の彼と同じ黒の眼帯で 覆われた右目に鋭い視線を感じていたから。・・・別段隠す気もない。後ろで括っている 紐を解くと、眼帯がずれ、隠していた右目が顕わになる。


「、っ」


キングが息を呑んだ。それに小さく笑って、視線を落とす。相変わらず右の視界は紅いまま。






十数年前。キングとのトラウマ。研究者。金髪の『父親』。ラース。注射器。 二人の些細な幸せを壊したもの。赤。紅。朱。ホムンクルス。「見るのは初めてだろう?」 と、そういった男の手に握られていた、モノ。




「’賢者の石’!・・・こんなもの、どこで、」


さあ、どこだったか。あの日戦場で唐突に痛くなった右目は、眼球ではなく賢者の石が 埋め込まれていた。


「これで、一緒ですね、キング」


右目が石となり、その次の日からたくさんの人を殺すようになった。この石は強い力を持っている。 これがあれば、キングを護ることができる。だから、



「キング、キング、っ」



-----------だからそんな痛そうな顔を、しないで。 私、力を手に入れたのよ?