「最近錬金術勉強してるんだって?」
ワイン片手に窓から部屋に侵入してきた男は、そんな第一声を放った。
「・・・・誰情報ですか・・・」
いや、予想はついているのだけれど。勝手にソファに座り、男は栓を抜く。・・・なぜ
彼らホムンクルスは勝手に人の部屋に侵入するのだろうか。それを何度も注意しても直らないため、
今では呆れた溜め息を吐くだけだ。今回もひっそりと溜め息を吐き、向かいのソファに
背を預ける。
「誰って、プライドに決まってんじゃん」
「ですよねー」
もう、あの子供は・・・。気配など全く感じなかったのだが、まさかまたお得意の’影’を使った
監視か。思わず眉間を指で押さえた。
「で?錬金術勉強したら何か不都合なことでもあるんですか」
「別にないよ。むしろ・・・」
途中で言葉を遮り、男はワインを注いだ。「むしろ?」先が気になってそう聞くと、
男は口端を吊り上げて笑う。嫌な気分だ。
「私は、貴方がたの言いなりになるつもりはありませんよ、エンヴィー」
エンヴィーと呼ばれた、一見中性的な容姿を持つ男は、その言葉にますます笑みを深める。
何がおかしいのだろう。自分がホムンクルスを良く思っていないことなど、前から知っているのだろうに。
「無駄だよ。・・・・アンタは、絶対にこちら側の計画に従わざるを得ないんだ」
「キング、ですか」
「’キング・ブラッドレイ’のために動くということは、’お父様’の為にもなるということを
覚えておきなよ」
そう言って、エンヴィーはワインを煽った。
---------言われなくても分かっている、と告げなかったのは、知られたくなかったからだ。
分かっているのに認めたくないだけなのだと、それが子供の駄々のように思えて。
悔しくてたまらなかった。石を手に入れても、結局キングを助けることなどできない。
ただ護るだけしか。・・・キングは、それでいいのだと言ってくれたけれど。
自分はどうにも納得できなかった。
「・・・それを言うためだけに来たのですか」
「まさか。・・・に嬉しいニュースを持ってきたんだよ」
「何ですか?」
そんな凶暴な笑顔で嬉しいニュースと言われても、全く信じることができない。
嫌な予感がする、と顔を顰めてみれば、案の定だ。
「アイツ、最近人間の女と会ってるみたいだよ」
と、馬鹿にするように嗤いながらそう言った。エンヴィーが自分に言うあいつは、
キングだと思い当たる。そして、「え、」一瞬、頭の中が真っ白になった。
冗談でしょう?と縋るような目でエンヴィーを見つめるのを自覚する。
だって彼らホムンクルスは、自分がキングに執着していることを知っていて、
いつもからかってくるから。
「本当だよ、こればっかりは」
やめて、と。耳を塞いでしまいそうになった。
「・・・・ほんと、馬鹿だね」
--------アイツなんかを好きになるからこういうことになる、と。
身体の震えるに、そう言って嗤ったエンヴィーの言葉がひどく印象的だった。
*
「を泣かせないでくださいね」
ぞっとするような底冷えする声が、地下へと帰るエンヴィーの耳元に届いた。声の主の姿は見えない。
また影を使っているのかと内心舌打ちする。
「・・・泣いてなかったよ」
少なくとも自分が見た限りでは。軍寮にあるの部屋を見上げ、エンヴィーは影に
そう告げる。
「そうですね、泣いてはいませんでしたが・・・。泣きたい気持ちではあったでしょうね」
「・・・で?何が言いたいの」
「’あれ’は私のものですよ」
その言葉とともに、闇夜からいくつもの影の手が伸びてきて、エンヴィーの首をぎゅ、と
絞めた。「っ、」苦しい。死には慣れているエンヴィーだが、それでも死に間際が苦しくないわけでも、
痛くないわけでもない。キチンと痛覚はあるのだ。息苦しさにもがいて、手を刃物に変えたとき、
ようやく影の手が緩んだ。
「ぅ、・・・」
「いいですか、エンヴィー。彼女に手は出さないでください」
地面に蹲ってえずくエンヴィーに追い討ちをかけるように、影はそう告げた。・・・
言われなくても、そういう意味で出したわけじゃない。純粋な興味だ、お前とは違う
と心の中だけで思う。
「を怒らせていいのも、殺していいのも、泣かせていいのも、私だけです」
-----------そう言いながら一番に嫌われているのはお前の癖に。
エンヴィーも仲間内では一番えげつない性格だといわれるが、影の正体であるホムンクルスもまた
自分に負けてはいないのではないか。これもあれもそれも、なんて。
本当に’傲 慢’の名に相応しい男。