多分、欲しかったのはあの人からの唯一の愛情。




そろそろだろうか、とは腕時計を見下ろした。時刻は11時を指し示している。 彼女との待ち合わせまであと少しだ。


一応待ち合わせ場所は時計台前となったが、こんな人混みで自分を見つけられるのだろうか。 彼女は妖艶さを醸し出している為、どこにいても目立っているが、自分は悲しくなるほどの ちんちくりん娘だ。はぁ、と溜め息を吐き出していると、人の波に逆らってこちらに近づいてくる グラマラスな女性が目に入った。


「ラスト」


軽く手を上げると、黒衣を身に纏うラストは紅を引いた唇を吊り上げた。 相変わらず、些細な仕草がセクシーだ。


「ごめんなさいね、待たせちゃったかしら」
「いいえ!今来たばかりですから」
「そう・・・」



の反応がまるで恋人との初デートであるかのようで、ラストは口元を手で覆い隠し、 ふふ、と笑い声を上げた。


「あ、えっと・・・とりあえず行きましょうか」
「そうね」


ラストの笑い声に恥ずかしくなったは、戸惑いながら店のほうを指差す。 それに頷いたラストと並び、は歩き出した。















「これなんかどうかしら」


そう言って、ラストは洋服を突き出した。他のものを物色していたは、ラストの薦める服を見て 顔を引きつらせる。


「・・・・・・・露出度が、高すぎやしませんか」
「あら、そう?これぐらい普通じゃない」


と、にやんわりと断られた洋服を自分の身体にあて、鏡を見つめる。


(・・・それは貴女だけだ)


心の中でそう突っ込みをいれ、は持っていた服を元の位置に戻した。ラストに誘われ、 ショッピングしに来たのはいいが、服の趣味が違いすぎる。そして、先程から待ち行く人の 視線がラストの胸元に集中している。ラストは視線が気にならないのだろうか。


もズボンばかりじゃなくてスカート穿けばいいのよ」
「えー・・・スカートって・・・制服以来なので、なんか・・・」


コスプレのようだ、と苦々しく告げると、「制服って、どこの?」と洒落にならない 突っ込みを入れられた。それに苦笑しつつ、ラストが寄越した別の洋服を身体に当てる。 先程の、背中が開いているのよりはマシなほうかもしれない。


「これ着て色仕掛けとかすればいいんじゃない?」
「い!?・・・誰に」
「あら、ラースに決まってるでしょう」
「え、や、その、それは、ちょっと・・・」



色仕掛け、と言われて思わず顔が赤くなる。ラストは何の躊躇いも無くできるだろうが、 自分は絶対に無理だ。だが、もし万が一、億が一、色仕掛けを仕掛けたとしても、キングはどう思うだろうか。 いや、彼なら「冗談だろう」と笑いそうだが、そもそもキングに色仕掛けが通じるのか?


「残念ねえ・・・は美人だし、いけると思うんだけれど」
「ラストごめんなさい無理です何ていうかわたし恥で死ねると思います」


何やら悩んでいる様子のラストに一息でそう告げると、本当に残念な様子でラストは服を元に戻した。 その姿に、拒否しといて本当に良かったと小さく溜め息を吐く。そのままにしておけば 彼女は実力を行使してでもに洋服を買わせただろうから。



「じゃあ、どうするの?このまま、人間の女なんかに奪われるのを見ているだけ?」
「、それ、は・・・・」


言葉に詰まり、唇を噛んだを横目で見つめる。ほら、やっぱり嫌なんじゃない。 は軍の人間なんかには、今までの戦功の所為で「冷血」だなんだと陰でいわれている。 確かに人間からすればその殺した数は異常で、昇進も異常で、性別についても やっかみを買う一因なのだろう。だけれどが戦功を立てるのは、いつだって一人の人間のためなのだと、 他の何人が知っているだろうか。



が人を殺すのは’キング・ブラッドレイ’のためで、早く昇進してキングの側にいたいのだ、と いつの日か彼女は言っていた。『隣でなくてもいい、側にいたいのです』と。今は 行方不明になっているあの男が聞けば、お前は強欲だとに告げるのだろうか。


は、グリードと気が合うかもしれないわね」
「・・・グリード、ですか?そういえば会った事ありませんね」


ホムンクルスの方ですか、と尋ねながら別の服に手を伸ばす。 あ、これは好みかもしれない。買おうかな。・・・給料もあることだし。


「グリードは、随分前に出て行ったわ」
「そういう方もいらっしゃるんですか・・・」
「グリードだけよ、お父様の元から離れたのは」


そう告げるラストが何だか寂しそうに見えて、は目を瞬いた。もしやラストはグリードなる 人物のことが好きなのだろうかと思ったが、それを聞くと、


「冗談言わないで」


と一蹴された。ラストは’計画’の中でも情報収集など直に動き回らなければならない、 らしい。その為人間とも深く接する機会が多く、ホムンクルスの’色欲’ではない 感情をも持ち合わせてしまっている。はそんなラストも好きだが、いつか計画の中で その感情がラストを傷つけるのではないかと心配しているのだ。ラストは冷酷で残酷だが、 優しいから。



そうラストに言うと、決まって「そんな訳ないじゃない」と嗤う。


「私はホムンクルスよ?・・・・・優しいわけ、ないわ」
「そうでしょうか」
「ええ。これからも男を釣り上げるわよ」
「ワー、コワイ」



’色欲’としてね。とラストはまた別の服を探し始めた。困ったことに、の一言で ラストはやる気を出してしまったらしい。これからカモになる人はご愁傷様だな、 と苦笑した。