ラストとの買い物のあと、はキングに呼び出された。そのまま異動命令を下され、 東方司令部へ行ったのがおよそ10年前のこと。26歳となったは、あの日から 外見が変わらない。この世界に来て二回目の16歳であったあの日、戦場で賢者の石を 手に入れたときから、ずっと。



「・・・お久しぶりですね、ホークアイ」
「ブラッドレイ?」


仕事の終わりに入ったとある酒場のカウンターに、見覚えのある男が座っていた。遠目に見ても分かりやすい 猫背に金髪ストレートの男に近づき、隣の椅子を引く。そのまま隣に座ると、怪訝な顔から一転、 の顔を見て眉根を寄せる。


「5年ぶりぐらいですか」
「ああ。・・・お前は、顔が全く変わってないな」
「・・・・貴方は老けましたね」


同い年のはずのこの男は、自分と違って時間は進んでいる。出された酒を煽りつつ、 は小さく笑った。



-------------きっと、右目に嵌るこの石の対価だったのだ。

賢者の石は、驚くほどの効果を発揮する。が使う錬金術でも、この石があることで 練成陣なしで練成できるのは、この石自体が練成陣の役割を果たしているから。 そんな石の力を手に入れたと同時に、は成長することがなくなった。それは奇しくも あちらの世界で死んだ年齢と同じ年齢で、どこかシロの策略を感じてしまうのだが。


そう、シロによって、これからの時間を奪われた。賢者の石という力を手に入れる代わりに、 対価としての己の時間。あの人、キングと同じ時間は----------生きられない。多分それは、 最初から決められていた。



「お子さんが産まれたそうですね」
「ああ、リザと言うんだ」
「リザ。・・・可愛いじゃないですか」


無表情の中に、嬉々とした感情を忍ばせてホークアイは写真を取り出す。聞けばまだ2歳らしいが、 この男とは髪色しか似てないのではないかと思うぐらい可愛らしい。大方妻のほうに似たのだろう。


「リザはな、パパって一番最初に呼んでくれてな、それから」
「・・・・・・・・」


この男、親ばかだったのか?錬金術の時と妻の自慢話しか饒舌にならないが、まさかここまで ノンストップで喋るとは。真面目に聞いておくのも精神的にダメージを食らいそうなため、 適当に相槌を打つ。




「それで、」
「へー」
「・・・・ブラッドレイ、聞いてるのか」
「聞いてますよ。で、リザちゃんは軍人になるんですか」
「なるか!」



話を変えようと適当に言ったことがホークアイの何かに触れたらしい。持っていたグラスを カウンターに叩きつけて、中の酒が飛び散った。音に反応した店主がこちらを睨んでいる ため、小さく頭を下げて謝った。


「ホークアイ、冗談ですから」
「・・・・ブラッドレイ、お前を見てると軍人が嫌なものに思えてくる」


そういって苦々しげに告げた男とは、10年前、錬金術繋がりで知り合った。 ホークアイの研究している焔の練成。それを一緒に作り上げていきながら、 焔とは反対である水系統の錬金術をは使っている。ホークアイはが戦場でも 時々錬金術を使っているのを知っていて、それを良く思ってはいない。 錬金術を人殺しに使う’軍人’のが好きでないといつの日か言っていた。



「軍人は命令に逆らえない。戦場にも、行かなければならない」
「・・・・・そうですね」
「リザには、普通の生活をして、幸せになってもらいたいんだ」


誰にでもなく小さく囁く声に、は酒を一口飲んだ。この男は、きっと自分の 寿命を分かっているのだろう。そして娘の幸せを見ることができないほどの 命の短さに諦めてしまっている。


「死ぬのですか」
「・・・・・・・・・だろうな」
「一年後、キングが大総統として就任します。そうしたら、国家錬金術師の制度を作るそうです」


ホークアイだけに聞こえるようにと顰められた声に、だからなんだ、とホークアイが顔を上げた。


「国家資格に合格すると、莫大な研究費が手に入りますよ」
「その金を使って治せと、そう言いたいのか」



こくりと頷いてみせると、ホークアイはゆるゆると首を横に振った。その仕草を見て、 やはりな、と思う。軍人嫌いなホークアイのことだ、おそらくこの提案を蹴るだろうなと いうことは分かっていたが。思わず苦笑すると、ホークアイは横目でを一瞥した。


「だいたい、お前の言う提案はキング・ブラッドレイのためなんだろう」


---------------当たり前だ。

何を今更、と嗤うと、ホークアイは続けた。


「なら尚更、国家資格は取らん」
「・・・まあ、いいんじゃないですか」



この男が扉を開ける度胸なんてないだろうから。知識だけの錬金術師などどちらにしろ キングには必要ない。だから精々--------この平和な土地で、天寿を全うすればいい。 ホークアイが幸せだと思う場所で。


多分、そう願うことが友人としての最後の思いだ。次に会うときは、もう彼はこの世にいないだろうから。


「じゃあ、私はこれで。__________さよなら」


貴方が研究した錬金術、キングのために使わせてもらうよ。