分かってる分かってる、分かってる。分かってた、つもりだった。
それでも信じたくはなくて、泣きそうになったのは、心の底から貴方を愛していたから。






「え?」



書類整理を終え、一息つこうかと席を立ったの動きを止めたのは、先ほどから この部屋でペンを走らせていた人物の声だった。その発言に思考が追いつかず、 反射的に聞き返す。冗談だろう、と視線で問いかけると、キングは机に頬杖をついた。



「・・・・だから、結婚することになった」
「え、え、あ・・・」


誰と、なんて野暮なことを問わなくても分かっている。十数年前からずっと交際を続けていた あの人だ。脳裏に思い浮かんだのは、金色の髪の彼女。キングにあの人を紹介された 時から、ほわほわした柔らかい雰囲気の持ち主で、世の男性が思わず護りたくなってしまうような。 それでいて強かな人。



----------結婚。

嫌だ、と。キングに素直にいえたら、どんなにいいだろうか。自分にとればキングは特別で、 何物にも代えがたいヒト。初めてあの地獄のような場所であった日から、ずっと、ずっと キングだけを想っている。



だけれど『大総統』にとっては、生涯一緒にいるあの女性を選んだ。彼女は優しい。 とても、とても。キングとあの人はきっとお似合いで、いつか迎える日を自分だって ちゃんと分かっていた。分かって、いた。



「結婚、ですか。・・・・おめでとうございます」


気を抜けば泣きそうになる衝動を必死で耐え、言葉を紡いだ。「ああ、」とひどく 嬉しそうな顔で微笑むキングの顔に眩暈すら覚える。・・・悔しい。悲しい。 本当は嫌だと泣き叫んで、縋りたい。



----------どうして、?『一緒に生きよう』って、言ったでしょう。


無理やりに笑みを返すと、キングは怪訝な表情になった。


「どうした?何か、あったのか」
「・・・・・いいえ。私、この書類取って来ますね」
「あ、ああ」



耐えられない。
そう思ったは、執務室の扉を開けて部屋を出る。カツカツカツ・・・・。 誰も通らない廊下に、の靴の音だけが大きく響く。資料室の鍵を開け、足早に駆け込むと、 は部屋の隅に座り込んだ。




「、っ、っ・・・どうしてよお・・!!」


ダンッ!と、床を叩きつける。叩いた拳が痛い。けれど、一番痛いのは、



「振られたんですか?」


突然、背後から子供特有の声が掛けられた。執務室でのやり取りなど知っているだろうに、 無邪気な声で問いかける人物に怒りがこみ上げる。


「---------五月蝿いよホムンクルス」


地を這うような低い声を発しながら、後ろの人物をぎろりと睨みつけた。視線だけで殺せるような 鋭さで睨めつけているにも拘らず、プライドは「おや怖い」と愉しそうに笑った。 そしてその小さな身体を一歩一歩こちらに近づける。


「来るな」
「・・・・ふふ、いつもの敬語はどうしたんです?」


拒絶のオーラを放っても、プライドは決して足を止めようとはしない。馬鹿にしたような笑みを 顔に張り付け、を覗き込んだ。


「冷酷冷淡なあの・ブラッドレイ少将が、たった一人の男に傷つけられるんですか?」
「・・・五月蝿い」
「いい加減気付けばいいでしょう。、あなたとラースは生きる時間が違う」


結ばれるはずがないじゃないですか、と。子供は言った。

いっそ優しさを感じさせるほどに、甘く、柔らかく。そう、まるでそれは真綿で首を絞められるような 感覚。


言われなくても分かっている。本当は自分だって早々に諦めていて、 キングには、誰よりも幸せになってほしいと願ってはいるのだ。生まれた頃からあんな 境遇であったキングには。ずっと一緒にいて、迎えにきてくれたキングには、幸せに生きて 欲しいと、思っている。



ちゃんと分かっているから、今だけは、知らないふりをして。



「ぅ、あああっひっく、う」
「---------莫迦ですねえ」



人が泣いているときぐらい優しく慰めてくれたっていいだろうに。


いい年して泣き喚いているを小さな身体が抱きしめた。温かいそれは、ますますの 涙腺を緩ませる。だけれど、本当に欲しいのは、あの人の温度だった。















部屋を出て行くの横顔に、キングは椅子へ座り込んだ。天井を仰ぎ、無骨な手で 顔を覆う。


----------今にも泣きそうな顔だったな、と思う。


今頃どこかで泣いているのだろうか。今すぐ抱きしめてやりたいが、自分にはそんな権利はない。 の気持ちを知っていているくせに、知らないふりをして挙句彼女を傷つけた。


己も、のことは好きだ。だけれどこれは(あくまで外見年齢であるが) 20以上の年が離れている自分が持っていい気持ちではないし、『大総統』としては 別の人間を選ばなければならない。’父’にそういわれたとき、ひどく絶望したのを覚えている。



今度妻となる彼女は、美人でふんわりと包み込むような雰囲気の持ち主だ。会っていくうちに、 この女性となら生きていけると思った。彼女と一緒に生きて、最後も一緒に死んでいく。 多分それが、幸せなのだろう。キング・ブラッドレイと、しての。



「-----------------すまない」


自分が今もケイであれば、を泣かせることなどなかったのだろうか。 を、選ぶことができたのだろうか。

だがそれは、今となってはただ、虚しいだけだった。