ゴトン、ゴトン・・・


「だーれも乗ってないね」


轟音と振動を車内に響かせ、目的地へと走る汽車。その中は静寂が広がっており、 己たち以外には乗っていないのではないかと思ってしまうほど。がしゃん、と 鎧の身体を鳴らしながらアルフォンスは辺りを見回した。


「噂には聞いてたけどこれほどとは・・・」


アルフォンスの言葉を受けて口を開いたのは兄のエドワードだ。使い古された地図を 持ちながら、エドワード自身も汽車内を見渡す。


「まあ、こんなところに観光も何もないんだけどな」


エドワードたちが向かっているのは、東の終わりの街と呼ばれる、ユースウェル炭鉱だ。 炭鉱なんてそんな場所に用事がある人間なんて自分たち以外いないだろうから、 この汽車の状態にも納得できる。ふぅ、と息を吐き、地図を畳む。小さくなった地図を 元の場所に納めると、突如車両の扉が開いた。さび付いているのか、ぎぃ、と鈍い音を響かせる。


「・・・おや、御客人ですか」


扉を開けた人物は、自分たち以外にこの汽車に乗っている乗客がいたことに驚き固まっている エドワードを見、片眉を吊り上げた。肩までの黒髪に、右目は眼帯で覆われているため、 その色は分からないが、左目が黒曜であったため、恐らく東の者なのだろう。 シンあたりは髪も瞳も黒であると聞く。


「あ、どーも」


とりあえず軽く頭を下げると、その少女はエドワードと反対方向の席に座った。














「へー、さんって仰るんですか」
「はい」
「何でこの汽車乗ってるんだ?ユースウェル炭鉱に用事でもあったのか?」


エドワードたちが気になっていたことを聞くと、は恥ずかしそうに口元を押さえ、 小さく呟いた。


「あの、・・・・寝過ごして、しまいまして」


そう、東部に用があったのだが、疲れが溜まっていたのかうっかり寝過ごしてしまい、 気がつくと周りの乗客が見ないなくなってしまっていたのだ。久しぶりにやばい、と焦りを 感じた瞬間であったが、もはやすでに過去のこと。汽車はユースウェルに向かっていた。


「そうなんですかー」
「エルリックさんたちは、この先に何か用事でも?」



鎧と少年との不思議な組み合わせに首を傾げつつ、反対に聞き返すと、「ああ・・まあ」 と有耶無耶にされてしまったので、恐らく聞かれたくない事情でもあるのだろうなと思い、 この話題を終わらせた。


「じゃあさん、僕たちと一緒に行かない?」
「そうだな、東部まで汽車も出てないことだし」



弟が言えば、兄も同意する。そういえば、エルリックというファミリーネームにどこか聞き覚えがあるのだが、 どこで聞いたのだろうか。最近物忘れが激しい。容姿は数十年前から変わっていないので、 多分脳細胞も若い頃と同じであるはずなのだが。


「・・・いいのですか?」


恐る恐る尋ねると、兄弟揃って「構わない」との返事が返ってきた。それにしても 笑顔が眩しい。は年齢を重ねすぎたためか、どこか含んだ笑いしか出来なくなってしまった。 本当に、若いっていい。



「そういえば、って何歳なんだ?」
「え、と・・・・・いくつぐらいに見えます?」


ここで精神年齢は44歳だと答えたらどうなるのだろうか。恐らく、いや、きっと。 頭が可笑しい人として認識されてしまうだろう。



「14、とか」
「15?」


「・・・・・16、です」



これも嘘、ではない。が、こんなきらきらとした少年たちに言うとなると、どこか心苦しいものがある。 目を反らしながらそう告げると、「ああ、確かに」と納得されてしまった。 エドワードのほうは、を下から上まで見定めるように目を動かし、目に見えて落ち込む。


「あの?」
「ああ、気にしなくていいよ。兄さんは自分の身長にコンプレックスを持ってるだけだから」
「アル・・・!」


アルフォンスが黒い。基本的に腹黒人種とは知り合いがいないため、時々遭遇すると 驚いてしまうことがある。



「エルリックさんは・・・」
「ストップ!エルリックだと、俺とアルのどっちも指すだろ?」
「そうだね、僕はアルフォンスでいいよ」
「で、俺がエドワード」



急に現実世界に帰ってきたエドワードがそう言う。


「あ、はい。エドワードにアルフォンス、ですね」



了解しました。と頷くと、エドワードが首を傾げる。


って・・・軍人かなんかか?」
「-----------何故?」
「いや、なんとなく。仕草が、知り合いに似ててさ」



その知り合いを思い出しているのだろうか、手を顎に当て、エドワードは何かを考え込んでいる。 「あ、」とエドワードが口を開いた途端、汽車の速度がゆっくりになる。


「着きましたかね」
「みたいだね。兄さん、準備して」
「・・・おー」



--------場所は、ユースウェル炭鉱。エルリック兄弟、そうして、・ブラッドレイ。 出会いはそこから始まっていく。