ジリリリリ・・・ガチャッ
「はい」
『あ、キングですか?』
「?どうした、?」
夜遅く、静かな執務室に一際大きく響いた電話の相手は、今は休暇中のだった。
休暇と言っても5日ほどしかないのだが、数十年間ずっと働きっぱなしだったのだ。
偶には休みを取れということで、が汽車に乗り込むのを見送ったはずだが。
そういえば今頃は東部にいるはずだ。何かあったのだろうか。
「どうした?」
『あ、すみません、実は・・・』
『寝過ごした?』
「・・・・・・・はい」
そういうわけで未だ東部に着いていないのです、と苦し紛れに告げる。すると、どういうことだか、
キングは突然大きな声で笑い出した。馬鹿にした笑いではない。かといって、
ここまで爽やかに笑われるのも戸惑うのだが。
「キング?」
『いや、・・すまん・・・が寝過ごすなんて珍しいと思ってな』
「・・・私も吃驚しました」
ふと気付いたときのあの絶望感。人が出入りする音にも気付かなかったのだろうか、自分は。
もう一度すみません、と電話越しに頭を下げる。
『構わんさ。今は休暇中だろう』
「はあ・・・あ、そうだ。今、東のユースウェルにいるんですけど」
寝過ごした汽車内で出会った、エドワード・エルリック兄弟のことを告げる。
そうして、ここを統括している軍人のことを。
『・・・なるほど』
「ええ、それで恐らく失脚するでしょから・・・次の軍人をこちらに寄越してもらえますか」
『分かった、そういうことなら』
電話の向こう側で、キングが頷いているのが分かる。
『暫くはエルリック兄弟と行動するのか』
「あ、いえ。もうそろそろ帰ろうと思います」
『そうか・・・』
正式に休暇を取ったといっても、仕事がないわけではない。多分今頃机の上には
書類が溜まりに溜まっているのだろう。それが気になって休暇どころではない。
それをキングに伝えると、今度は苦笑がこちらに伝わってくる。
「どうかしたのですか」
『セリムがな、はいつ帰ってくるのだと四六時中言っていてな』
「プライ・・・・セリム様がですか?」
セリム。-----プライド。その名前に、キングの息子を演じている小さな身体を思い出した。
キングと同じ黒髪を揺らし、笑うその姿は恐らく他の人間には無邪気な子供としか映らないだろう。
だが、実際にはあの少年はとんだドSだ。セリムの護衛を任されて、何度泣きそうになったことか。
帰ってまたセリムの護衛かと思うと気が重い、が。キングのためだと思えば幾分かましだ。
分かりました、と答える中に若干の疲れが混じっていたのか、キングはもう一度苦笑を
零して電話を切った。
「さ、明日は東部に向かいますかねえ」
ガチャッ
「おお、ブラッドレイ中将殿!」
「ああ、ヨキ中尉。お電話有難う御座いました」
ごつい装飾がされたドアノブを捻ると、部屋の傍には件の軍人が立っていた。
まさか盗聴していたのではあるまいな。一瞬疑ってしまったが、多分執務室ぐらいは
防音にされている。そう思いながら、廊下を歩く。
「そういえば、エドワードさんはどうしました」
「お休みになられました」
「そうですか・・・」
まあ、元々エドワードと遭遇しない時間を選んでここを訪れたのだが。ヨキの言葉に頷きつつ、
玄関へと向かう。すると何故だか焦った様子のヨキが、の数歩後ろから声をかけてきた。
「中将殿、お泊りにならないのですか!?」
「静かにしてください。夜分ですよ」
「は、失礼いたしました」
に向かって非礼を詫びつつ、なおも泊まっていかないのかとしつこく言及してくる。
そこまで中央の人間にワイロを送るのに御執心なのか。内心呆れてしまう。
そもそも、が軍人だから電話を貸してくれと言っても信じなかったくせに。
こういうとき、錬金術師みたいな目に見える証が軍人にも欲しいと思ってしまう。
「そうですねえ、もう夜分も遅いですし、ご厄介になりましょうか」
「いえいえ、どうぞ」
多分今から帰っても、きっと他の人間は寝てしまっている。そんな中起こしてしまうのは忍びない。
もっと用事がかかるかと思ったのだが、予想外に早く済んでしまった。
ヨキの案内の通りに後ろをついていき、部屋の前にたどり着くと紫の袋を渡される。
嫌な予感がするのだが。
「・・・なんですか?コレ」
「ほんのお気持ちです」
「へえ・・・」
気持ち、ね。
中のものを確かめるようにふるふると袋を左右に振る。そうしてヨキに向けて
笑顔を張り付ける。
「こんなものは結構ですよ」
「っ!ですが、!」
「貴方のことは、上司にすでに言ってあります」
「本当ですか・・・!」
「ええ」
-----------悪い意味で。
それにそんなはした金貰ったってどうしようもない。そもそも将官の給料を知らないのだろう
か、この男は。
そんな言葉を胸中に隠し、口元に笑みを刻む。
「案内有難う御座いました。お休みなさい」
「はいっ」
ぴ、と右手で敬礼するひげの男を見、はドアを閉めた。