相変わらず、エルリック兄弟は問題ごとに巻き込まれるものだ、とは感心していた。 エドワードたちと旅を一緒にし始めて未だ数日だが、これほどまでに巻き込まれた異質も珍しいな、と 苦笑する。


「おい、女!何を笑ってる!!」
「ああ・・・・すみませんねえ」


の笑いを目敏く見つけた男が、ジャックに如何にもな銃を向けてきた。中央では日常茶飯事だが、 田舎と言われる東部でも汽車の乗っ取りが起きるなんて、何とも物騒である。 とりあえず抵抗の意志はないことを証明するために、両手を挙げる。


「ったく・・・おい、起きろ!」


とアルフォンスの向かい側で寝こけているエドワードに、ジャック犯がブチ切れる音がした。




「・・・・で?」
「っひい、!話す、話すから!!」


眠っていたエドワードを、『チビ』という最悪な言葉で起こしてしまったジャック犯は、 切れたエドワードにタコ殴りされた。もともと顔の造形の良くなかった顔がますます歪んでいくのを見ると、 さすがのでも同情せざるを得なかったが、起こし方がいけなかったのだろう。自業自得ってもんだろう。 だけれど、散々殴っておいて「こいつら誰?」のエドワードの言葉には、無意識ってすごい、 と思った。




「で、さんはどうする?」


他のジャック犯の居場所を聞いたエドワードが、さっさと汽車の上に登ったのを見届けると、 アルフォンスはを振り返った。


「・・・そうですねえ、私はここに待機することにしますよ」
「うん、それがいいよ」


危ないから、とのアルフォンスの言葉に、は眼を瞬かせた。 いつもはキングやセリムの護衛の立場であるから、そういう『護られるべき存在』というのが 新鮮で、少しくすぐったい。”危ないから”、なんて、言われたのは何年ぶりだろうか。


「じゃあ、行ってくるから待っててね」
「はい」


見送ったのはいいが、暇であるということに気がついた。先ほどまではアルフォンスが話し相手となってくれていたため、 手持ち無沙汰になるということはなかったのだが。さて、何をしようか、とは 探偵のように顎に指を当てる。確か、中央から持ってきていた本があるはずだ。 それの続きを読もう。上の荷物を下ろし、鞄から本を取り出す。


エドワードたちが暴れている音をBGMに、はページを捲った。













「・・・ん?」


物語りも終盤に差し掛かった頃、辺りを見渡すと窓の外に駅が見える。ようやく着いたようだと 本を片し、は立ち上がった。エドワードたちに挨拶をしていきたいが、 何やら軍服が見える。恐らくジャック犯の犯行声明に駅で待機していたのだろう。 東方司令部もご苦労なことである。


今は休暇中だ。軍人とは係わり合いになりたくはない。 そそくさと汽車を出ようとすると、軍人がいたほうでぼん、と小さな爆発音がした。


「なに?」


ふと立ち止まって煙が上がるほうを見れば、遠くで指を構えた軍服の男がいる。 はその人物に、見覚えがあった。実際に関わりはないのだが、キング・ブラッドレイ の位置を狙っているという下々の噂を聞いたことがあるからだ。それが噂にしろ、 若くしての出世は、それなりの力を持っているということだ。警戒していて損はない。


----------ロイ・マスタング。
焔の錬金術師で、ホークアイの娘、リザが補佐官。
イシュヴァールの英雄。


見つかる前にその場を離れようとして、はぴたりと足を止めた。 軍人に周囲を護られながら汽車の中から出てくる男に、これまた見覚えがあったからである。 怪我でもしたのか、片耳を手で押さえ、男--------ハクロは、ゆっくりとこちらに歩いてくる。 それを逃げずに見つめていると、道に立ちふさがったに気付いたのか、ハクロが 眉を吊り上げた。


?どうしてここに」


それが言外に、お前は大総統の傍にいるはずであろう、と言っているようである。 は腕を組み、それはこちらの台詞だと呟いた。


「こんなご時勢にバカンスですか?」
「・・・・お前こそ」
「正式な休暇って奴ですよ。これから中央に戻ります」



それから、血の垂れる耳を見遣り、くるりと踵を返す。


「おい、!」
「お大事にー」


ひらひらと後ろのハクロに手を振ってやれば、大きく溜め息を吐く音がする。 それに何か一言言ってやりたかったが、いい加減周囲の軍人の不審者を見るような目つきが鬱陶しく感じていた。 普通の格好をしたが、軍人とは思わなかったのだろう。最近は セリムの護衛をしているから、の顔を知らないものがいても、それは不思議じゃない。 恐らく、エドワードたちと同じで、が一般人だとでも思ったのだ。


あながち間違いではないことを考えながら、中央行きの汽車に乗換えを済ませた。 あとはこの汽車で、中央まで一本だ。動き出した汽車の中から、エドワードたちに小さく 別れを告げた。






「あれ、は?」


ジャック事件もようやく片がつき、辺りを見回してみれば、ユースウェルから一緒だった少女の 姿が見えないことに気がついた。もう帰ってしまったのだろか。


「あれ、ほんとだ、いないね」


アルフォンスもようやくそのことに気付き、がしゃん、と金音を響かせながら辺りを見回した。


?誰だね、それは」


聞き覚えの名前がエドワードたちから出たことに違和感を持ったのか、先ほどジャック犯に向けて 焔を放ったマスタングが聞き返す。


「ああ、さっきまで一緒だったんだけど」
「帰っちゃったのかな」
「かもしんねえな」



をほったらかしでジャック犯を粛清していたものだから、飽き飽きして帰ってしまったのかもしれない。 エドワードたちはそう思ったが、が初めて会った時に言っていた言葉を思い出して、 首を傾げた。


「あれ、って東部に用事があるって言ってなかったか・・・?」






「へ、くしゅん!・・・・うう、誰か噂してますね」


それともただの風邪だろうか。大して寒くもない腕を擦りながら、外の景色を見る。 先程の東部と違い、あたりは建物が立ち並んでいる。もうすぐ中央だ。


「・・・あ!」


東部の駅でちゃっかりとお土産を買ってホクホクだったは、突如思い出した そのことに、思考を止めた。


そもそも何のために東部行きの汽車に乗ったのか。事件に巻き込まれたり、ハクロにあったり、 で完璧に忘れてしまっていた。この休暇で、東部のホークアイの墓に墓参りに行こうと思っていたのだ。 すっかり失念していた。


「うわー・・・」


やってしまった、と眉間を指で挟む。今更気付いても遅い。すでに東部は通り過ぎてしまった。 何のためにここまで来たのか、とは自分の失態に呆れながら、不貞寝をすることにした。










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少ししか出なかったハクロさん。彼との再会が1巻で一番やりたかったんです。 すみませ・・・!あ、次からは巻数ぶっ飛びます。