そして世界は産声を上げた-V





「二人きりにしてくれ」と小十郎にお願いすると、一瞬渋り、眉根を寄せたままで部屋を出て行った。
あの顔は決して納得していないだろうから、おそらく廊下か隣の部屋で待機しているんだろう。
が何か狼藉を働いたときにいつでも斬れるように。


「・・・政宗さま。本日より政宗様の御付になりました、と申します」


畳に両指を付いて、土下座をするように頭を下げる。
喜多から、顔を上げていいと許可されるまで 頭は下げたままでいろと教えられたから、はそれに倣って土下座の形のまま固まった。


それにしても寒い。他の場所には寒さ対策の火鉢が置いてあったのに、どうしてこの離れには 置いていないのだろうか。
ぶるり、と身体が震え、歯の根が鳴った。こんな季節に薄着で、火鉢もない なんてどうかしている。
政宗は寒くないのだろうか。頭を下げたままの形でそんなことを思う。




政宗は何も言わなかった。膝を立て----所謂体育座りの体勢----、膝の間に顔を埋めたままの状態 でひたすら沈黙を保っている。
その姿はあまりにも小さく、虚弱そうで、本当に目の前の子供が 独眼竜、伊達政宗なのかと疑ってしまう。



「・・・母上に言われてきたのか」
「はへ?」


小さく、くぐもった声がした。一瞬空耳かと勘違いしそうになるほどその声は弱く、思わず間抜けな声で聞き返す。

「・・・・・・お前は母上の回し者かと聞いている」



回し者、だと・・・?何だそれは。まるで政宗の母親が------敵、みたいな。刺客を放っている ような言い方ではないか。
無礼にも反射的に顔を上げてしまったが、そのまま政宗の伏せられた顔を見つめる。
そもそも、政宗の母親とは誰なのだろうか。政宗の存在だって義姫に拾われてから1ヶ月ほど経った 先日知ったのだ。それが分からなければ、政宗の問いに答えることはできない。


「すみません、よろしいですか?」
「・・・・なんだ」
「政宗様の母上とは・・・どなた、なのでしょう?」
「・・・・・・・・・・・・」



そういうと一瞬にして部屋の空気が凍った。先程も政宗のことを聞いて、小十郎から同じような 空気を味合わされたばかりだというのに。何か地雷を踏んでしまったのだろうかと、ひどく戸惑う。


「義姫だ・・・・母上の名は」
「よし、ひめさま?」
「そうだ。知っているんだろう?」


知っているも何も-------が今現在仕えている方だ。
いや、の命を握っているといったほうがいいだろうか。軽くパニックになりながら、 いつの間にか顔を上げてこちらを見つめていた政宗へ「部下です」と伝えると、あらわになっている左目にますます靄がかかったような気がした。

何故、どうして教えてくれなかったのか。やはり信用されてはいないのだろうか、義姫には。
そう考えると気分が落ち込んでしまうのは、何故なのだろう。


「・・・・・帰れよ」
「っ・・・」
「帰れ、 !」


そう叫ぶ政宗は、激情とは言い難い、今にも泣き出しそうな表情だった。
昨日の拒否とはまた違った感情がその声色には含まれ、諦めが宿っている。
・・・・『なぜ』。諦めの中に、誰かにすがりつきたいという欲望を孕んでいるのか。 政宗と、その母義姫に何の確執があったのか。
には分からない。 二人の雰囲気から察することができるほど、大人でもない。



「政宗様」
「うるさい!早く出て行けよ!!帰れ!」



政宗の手が、全ての音を遮断するために両耳に宛がわれた。
目を閉じ耳を閉じ、 それはまるで世界を拒絶するかのよう。縮こまった政宗へ近づき、その両手首を 掴み上げる。
おそらくと同じぐらいの年だろうが、それにしてはやけに 細かった。筋肉は無いに等しく、その肌は病的なまでに白い。



「放せっ!」
「・・・・政宗様、わたしは」




-------わたしには帰る場所など、  。



そう言い掛けて、口を噤む。別段それを政宗に告げるようなことでもない。
全ては自分が行ったことが原因で、義姫の手をとったのも自分。
帰ることができないのなら、ここで義姫に仕えたほうが、少なくとも独りになることはない。
そのために、がすることは。


「政宗様、申し訳ありませんが-------あなたの命令には従えません」
「な、」



政宗に媚びることではない。義姫からの、任務を遂行することだ。


「ですので、わたしはこの部屋から出て行きませんし・・・’帰り’もいたしませんよ」



にこり、と笑みを形作る。環境が環境だったから、あまり笑顔は得意ではなかったけれど、 政宗の顔を見るに脅し程度にはなったらしい。
呆気にとられた表情に、ほんの少しの恐怖が瞳から覗いていて、少しやりすぎたかなとも思う。 いくらの主が義姫だといっても、政宗は義姫の息子であるし、おそらく次の家督は 彼が継ぐのだろうから、それ相応の態度はとらなくてはならないだろう。
その証拠に、隣の部屋で控えていた小十郎の殺気が、ここまで飛んできた。




「これから、お世話になります」


政宗の手を離し、そのまま畳に両手を付くと、軽く頭を下げた。
未だ戸惑っているのか、政宗からは「・・・勝手にしろ」と弱弱しい声が降ってきただけだった。





◆     ◆     ◆





「・・・やっと、みつけた・・・」


ずっとずっと探していた人間。どこにいるのかと思えば、相手は奥州にいるらしい。



「森、・・・・・」


現れた空間に干渉し、捩れさせたのはいいけれど、何の手違いなのか自分のところには 彼女は現れなかった。いくら得意だからといって、さすがに時空へ干渉するのはまだ早かったのか と肩を落とす。
自分が目をつけていた人間だけれど、このまま奥州に行って連れ戻すのはあの人に 迷惑を掛けてしまうから。
が自分と同じ戦場に来たとき、その時が彼女を 自分の下に連れてくるたった一つの機会。



「待って、いて・・・」


暗闇に映ったの顔を、どこか嬉しそうな顔で見つめた。






<2009.1.31>