そして世界は産声を上げた-W





「政宗様おはようございます」


障子を開け放ち、早々に声をかける。未だ部屋の主は眠ったままで、温そうに布団に包まっていた。
こっちは朝早くから洗濯に掃除と色々やっていたというのに、心底羨ましい。
若干恨めしそうな顔付きで、布団の傍らに立つ。そのまま上布団を引っ張ると、 政宗が小さく唸った。


「おはよーございます。いつまで惰眠を貪るおつもりですか?」



目を細めず口だけに笑みを刻む。


「・・・・っ誰が勝手に入っていいと言った」
「『勝手にしろ』と昨日仰ったではないですか」



布団をはがされ、冷たい空気に晒された身体が冷える。
寝起きと寒さに苛ついている 政宗の声色に見向きもせず、は布団を手際よく折り畳み始めた。


「・・・・そういう意味ではない」


「知ってます」と言うのはさらに怒りを誘うだろうと容易に想像できたため、は あえて口をつぐんだ。
その代わりに、ここに来る前に預かってきた着物を 政宗に差し出すと、たちまち訝しげな表情に変わる。


「政宗様、お召し物です」
「------------小十郎はどうした?」



なんだかんだありながら、政宗が一番信頼しているのは小十郎だ。
誰かが着物に細工などしないように、毎朝政宗の着物を持ってくるのは小十郎の役目だと 暗黙の了解で決まっている。
それにもかかわらず、出会って1日2日の子供であり、 しかも義姫の部下だというが持ってきたことに、政宗は嫌悪感を隠せない。
むっつりした顔の政宗に内心苦笑しつつ、着替えを促すために寝着に手を掛けた。



「な、!」
「わたしは政宗様の御付ですから、片倉様に役目を代わっていただいたのです」
「お前、俺の許しなく・・・!」
「義姫様の許可はいただいております」



痴女さながらに政宗の寝着を脱がそうとするの腕を押さえつけ、そしての口から 発せられた『義姫』の名前に動きを停止する。
どんなに仲が悪くても、義姫は 政宗の母親であり、絶対権力者だ。逆らえばどんな目に遭うのか分からない。

これ以上、嫌われたくもない。


しぶしぶそれに応じ、軽く頷く。はその行動を確認し、拘束の外れた手を 再び動かそうとして-------ぱぁんっ!と弾かれた。


「いっ、!」
「お前、それは、いい。やめろ」
「・・・・ですが、片倉様はやっていたのでは?」


小十郎の話では、毎朝政宗の着替えを手伝っていると聞いたのだけれど。何か間違っていたのだろうかと 純粋な疑問に首を傾げる。
心底分からない、という表情をしているに 溜め息を吐きかけ、政宗はもう一度「いい」と否定の意を伝えた。
いくら小十郎に手伝ってもらっているといっても、それは小十郎が男だからだ。 政宗にだって人並みの羞恥心はある。
あからさまに同じぐらいの年の女に自分の裸を見られるのは恥ずかしい。



「いい、これは自分でやる。・・・廊下に出てろ」
「無理です。私が義姫様に怒られるじゃないですか」
「・・・・・・・・なら後ろを向いていろ、せめて」


頼むからこっちを見るなよ、と念を押して政宗自身も後ろを振り向いた。 所謂背中合わせの状態だ。万が一が振り向いても、背中だけならまだ許せる。


も政宗の無言のままで、部屋には政宗の発する布擦れの音だけが響いている。
どちらも世間話などを話す関係ではないが、こんな沈黙なら何か喋ってくれたほうがましだと 内心悪態を吐く。
何故こんなことになってしまったのか、普段なら小十郎によって 幾分かましの朝が迎えられているはずなのに。



「・・・終わったからもうこっちを向いていいぞ」
「あ、はい」


政宗の危惧していた’着物に何かを仕掛けること’はなかったようで、とりあえずほっと一息を つく。毒針とか、漆を塗りたくっておくとか、こちらにとっては堪ったものではない。



「では、朝餉をお持ちしますね」
「・・・・・・は、?」
「片倉様」



政宗の戸惑いに躊躇わず、障子を開けて小十郎を呼ぶ。廊下にはすでに朝餉を持った小十郎が 立っていて、やはり昨日と同じように政宗と二人きりにさせたくないのだろう、と思案しながら 部屋に招きいれた。
「失礼します」と膝をつき頭を下げ、政宗の前に朝餉を置く。


「・・こ、小十郎?」
「はい、おはようございます」
「何で・・・・」
「さすがに食事までは任せられなかったので」



誰に、といわずとも分かる。何かおかしな行動をとらぬように、気配だけをへ 向け、政宗に食事を促した。



「すでに毒見は済ませてあります。どうぞ召し上がりください」
「あ、ああ」



食事を持ってきたのが小十郎なら安心だ。箸を取り、ゆっくりと口へ運ぶ。
は小十郎が入ってきたっきり、部屋の隅に下がり、沈黙を保っている。 まだ何か用があるのだろうかと一瞥すると、視線を感じたのか黒の瞳が政宗を見つめた。


殿、今は私がいますので下がっていいですよ」
「片倉様・・・・・では失礼します」



言外に部屋を出ろ、と言われているようで、若干嫌な気持ちになりながら部屋を出た。 彼らには嫌われているようだ。特に小十郎には。
その原因はおそらく昨日の政宗とのやりとり だけではないだろう。
が’義姫’の従者であることも起因している。


が政宗の護衛であることは小十郎だけに伝えてあった。 あまりいい顔はされなかったが、小十郎が政宗の側にいられないときはに頼むしかないと いう合理的な答えに行き着いたのであろう。
周りの人間に聞いた限りでは、政宗は自分の身を守る術を持っていないと言っていたのだから。


今は小十郎が側にいることだし、暫くは護衛の任を外されたと言ってもいいだろう。 これからどうしようか、と長い廊下を歩きながらの足は自然と、誰も足を踏み入れぬ 雑木林へ向かっていた。





◆    ◆    ◆




最近、よく夢を見る。
夢の内容など、なんてことはない’あちら’にいた頃の記憶だ。 自分がいて、紅麗がいて、音遠がいて、雷覇がいる。
夢の中では、あの戦いで志半ばに死んでしまった磁生も、ジョーカーも・・・みんな 笑っていた。


たくさんの仲間を失った。戦う術を持っているということは自分たちも危険に身を晒さなくては ならなくて、体中に傷を作っては音遠やら磁生におこられていた覚えがある。
・・・紅麗も、心配していることを悟らせずに仮面で顔を覆って、任務から帰った に安堵の息を吐いていたことを知っている。


生みの母親を失って、生まれた場所を失った。時空流離で時を越え、見知らぬ土地にいた 紅麗の側にいたのは、皮肉にも彼が憎んでいた人間の双子の妹だったのだ。
殺したいほど憎らしかっただろうに、紅麗はを育て、一緒にいてくれた。
まるで本当の兄みたいに振舞って、笑ってくれた。



「-----------紅麗様」



閉じていた目蓋を押し上げて、は目前に鎮座する二本の枝を見つめた。
一人では用意できなかった墓石の代わりだ。それはあまりにも質素ではあるけれど、 これはこれで自分たちにはお似合いなのかもしれない、と思う。
一本は磁生の分で、もう一方はジョーカーの分。
あちらではあまりに忙しくて 墓など用意する暇もなかったのだけれど、こちらに来てほんの少し落ち着いたので、 城の一角にある雑木林に弔いの木を植えたのだ。


暇を見てはここへ訪れている。木の下には骨も、形見さえ埋まっていない、寂しい墓だ。
ただそこへ-------紅麗の墓を作らなかったのは、もう会えないと思っていても どこかで元気に暮らしていると信じているからだろうか。


-------違う、悔しいから。あなたの欠片もない 墓を作るなどありえない。
ありえ、ないよ。




なんて、浅ましい願い。



紅麗がの手の届かない場所で生きているより、自分の側にいてくれるほうが 嬉しいのだ。
たとえ、骨だけでもいいから。傍に、いて。



そう考える自分は、相当狂っている。







<2009.2.1>