そして世界は産声を上げた-X
「殿?」
護衛を頼もうと部屋を出ると、何かを抱え歩いてくるを見つけた。小さな身体を駆使し、
よたよたと危うい足取りでこちらへ足を進める。
見たところ、それは陶器のようで、何かの容れ物らしい。
「・・・・・あ、片倉様。丁度いいところに」
抱えているものの所為で半分顔が隠れてしまっていて、一体何が入っているのかと上から覗き込んでみるが、
そこにはがらりとした空洞があるだけだった。
「これは・・・?」
「あ、これは火鉢にしようと思いまして。政宗様の部屋って、なかったですよね?」
こんな時期だというのに、政宗の部屋には一切の暖房器具がない。
最初はそうすることによって武士としての身体や精神を鍛えているのかとも思ったが、
それにしては政宗が寒がっているし、小十郎たちがいる部屋にも火鉢はあった。
何より、は政宗の護衛としてずっとこの部屋にいなければならないのだ。
あまりに寒いのは耐えられない。
「政宗様、火鉢持ってきました」
「・・・・・・・は?」
固まった小十郎をスルーし、部屋の主へ声をかける。その内容が理解不能だったようで、
政宗からも似たような反応が返された。
とりあえず鉢を置こうと、政宗の机の近くに配置する。その後すぐさま来た道を戻り、
再び部屋へ戻ってくると、小石を敷き詰め、灰を入れる。中央に暖めておいた炭を置くと、火箸を炭に突き刺した。
「これで温くなりますよ」
「あ、ああ」
「片倉様、今からはわたしがいるので」
仕事にかかっていただいても結構ですよ、と目だけで語りかけると、小十郎は躊躇いながら
頷き、部屋から去って行った。
「何なんだ・・・?一体」
「何がです?」
「------------お前だよ、お前」
首をかしげたに、人差し指を突きつける。
何だというのだ、本当に。今まで義姫からこうやって人間を寄越されることはあったが、
ここまで関わってくることはなかった。
彼らはにこにこと気色の悪い笑みを浮かべながら、心の底では政宗を見下している。
ひどい時には政宗を殺そうとしてきて、そのたびに言うのだ。
『この化け物が』
と。おそらく彼らは弟の政道寄りだ。継ぐ気も、継ぐのに相応しい態度をとってきていない
政宗が疎ましかったのであろう。
だから今回も、義姫の部下であると公言するには最低最悪の感情しか持ち合わせてはいないが、
いつもの人間とは違う雰囲気のに戸惑っているのも事実だ。
義姫の部下なら、いつもみたいに蔑みの視線で見て、さっさと殺しに来ればいいのに。
そうすれば、を解雇できる。
政宗は、そう思っていた。
「・・・・・何って言われましても・・・」
政宗がどんな答えを欲しているのか分からないから、答えようがない。
とりあえず未だ指差したままの政宗の人差し指を掴み、床へ落とした。
「ですって答えるしかないじゃないですか」
「あー。・・・・・・もういい」
ずれたの答えに、やっぱりこいつは母上の部下らしくない、と溜め息を吐いた。
そのまま目をそらして、机の上の書類に取り掛かる。小十郎が後で取りに来るといっていたから、
確実に何か終わらしていなければいけない。小十郎は怒鳴り散らしたりしないが、その分
長い説教が始まってしまう。
「ここにいてもいいけど邪魔はするなよ」と火鉢の側で暖を取り始めたにそう忠告して、
筆を取った。
◆ ◆ ◆
---------------眠い。
書類と格闘する政宗の背中をおとなしく見ていると、眠気が襲ってきて、目を閉じそうになってしまう。
火鉢の側は暖かく、自分と同じ空間に人がいることに安心してしまって油断してしまう。
ああ、なんでだろう。 知らない人と一緒にいてリラックスできるほど危機感のない人間ではなかったのに。
-------背中。優しい炎。黒い服。(くれいさま)
(も、うだめ・・・)
「----------------ん?」
一段落が着き、一息つこうと体を伸ばす。反り返った政宗の目に映ったのは、
畳に丸まって寝息を立てているの姿。 静か静かだとは思っていたが、
まさかこんなとこで寝てしまっているとは。
(何やってるんだこいつは)
『政宗様の御付です』とそういっていたはずの人間が、仕事を放棄して
、しかも’政宗の’傍で眠りについている。 それが理解できなかった。
どうして自分なんかの傍で安心して眠れるのだ。幸せそうに笑っていられるのだ。
--------分からない。
「・・・・・・おい、起きろ」
呆れと若干の驚きに低音な声でを呼び、体を揺さぶる。
こっちはやりたくもない仕事をしているというのに何惰眠を貪ってる、
と政宗の目が語っていたが、毎朝、も同じことを思っているということ
は政宗は知らない。
そのまま揺さぶっていると、「ん、」と寝ぼけた声。の身体が振動から逃れようと
知らずの内に身じろぎする。
「おい、おい!起きろ!」
「わぁ!!」
「・・・・・・・・ようやくお目覚めか」
「・・・え、あれ、え。政宗様?」
なんで、あれ・・・?政宗がいるこの状況が理解できないのか、きょろきょろと辺りを見回し、
やがてその視線は眉根を寄せた政宗に向けられた。
「あのーもしかして、寝ちゃってまし、た・・・?」
「・・・・これが寝てないというのなら、お前は相当の阿呆だな」
ハッ!!腕を組み、鼻で笑い飛ばす。
(・・・・むかつく)
ニヒルに唇を歪める姿が何とも腹が立つ。初対面はあんなにうじうじしていたのに、
何でこんな尊大なんだか。 性格が変わってないか、と恨めしげな目つきで
政宗を見上げた。
「そんなに寝不足なら、俺なんかの付き人にならなきゃいいだろ」
「え、・・・」
そっぽを向きながら告げられた言葉に、きょとんと固まる。
「こんなとこに来なけりゃ無理することもなかったんだ」
え、なんだか、その言い方は・・・まる、で。
(心配、してくれてるみたいじゃないか)
ク、と息を吐き出すように笑う。あんなに人間など要らない要らないと
体全体で叫んでいたくせに、敵ともいえる義姫の部下であるを
心配しているなんて。
「・・・違いますよ、政宗様。眠くはなかったんですけど、安心しちゃって」
「安心?」
「はい。だから、政宗様の所為じゃ、ないです」
すみません、と頭を下げる。仕事中に寝てしまうとは自分もまだまだだ。
しかも紅麗に政宗を重ねてしまうなんて。
今更ながらの罪悪感に居心地の悪さを感じてしまって、頭を下げたまま唇を噛み締める。
腕を組み、のその姿を見ながらずっと押し黙っていた相手は、そっと息を吐き、
「なら、かまわない」とつっけんどんに告げただけで、火鉢に手を翳した。
「-----------政宗様って・・・」
「・・・なんだ」
「ツンデレですよね」
「・・・・・・・・・・つんでれ?」
なんだそれは。そんな言葉が聞こえてきそうなほど、政宗の表情は訝しげである。
普段はツンツンしてるけど、ある条件下でデレデレになることですよ。
---------などと、馬鹿正直に告げればまた面倒なことになる。
「なんでもありません」と適当に誤魔化して、曖昧に笑った。
<2009.2.5>
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