そして世界は産声を上げた-Y
政宗のツンデレ発覚後、小十郎は現れた。まるで政宗の小休止を狙っていたかのように、
その手には三色団子が数串乗った皿とお茶がある。どうやらお八つ時のようだった。
桃・白・蓬の三色団子はすべて政宗のものである。執務を頑張っている主へのご褒美に
城下で買ってきたものだ。
「政宗様、こちらにおいておきますのでお召し上がりください」
「ああ。ありがとう」
目の前で繰り広げられてる主従のやり取りに目もくれず、の視線は美味しそうな団子へと
向けられている。その視線に気づきながら、政宗はそっと串に手を伸ばした。
ごくっ
「・・・・・・・」
のどを鳴らす音に聞こえなかったふりをして、団子を口へ運ぶ。
じゅるっ
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
「-------------食いたいのか」
そう問いかけると、先の音の主はふるりと首を横に振った。一応は遠慮しているらしいが、
さっきの涎の音は何だったのだ。 呆れた溜め息を飲み込んで、政宗は再び二口目を口に入れた。
がこちらの世界に来て、甘いものは一切食べていない。質素な------というより、健康的な
と言えばいいのか、そんな和食ばかり食べていたため、現代っ子には目の前のお八つは喉から手が出るほど欲しいもの。
政宗が口の中へ入れたのをじっと見つめる。
「----------そんなに食いたいならやるよ」
「え!」
「政宗様!!」
の視線に耐えられなくなり、団子を差し出すと小十郎がそれを嗜めた。
「政宗様、殿は付き人で」
「失礼します」
突如障子の向こうから聞こえた声。浮かしかけた腰を下ろし、政宗に視線を送る。
「入れ」と簡潔な入室許可に障子を開け、そこに立っていたのは、と同じくらいの年の少年。
その顔立ちはどこか政宗に似ている。
「-----------成実」
「よ、梵天」
成実と呼ばれた人物は、軽く手を挙げ、微笑んだ。
(・・・・・・ぼんてん?)
聞きなれぬ言葉に内心首を傾げる。それにしても、この少年は誰なのだろうか。
いつもに対して刺々しいオーラを放っている小十郎も、警戒を隠そうともしない
政宗も、成実が来た途端穏やかな雰囲気に変わった。
「ええと・・・って君のこと?」
「あ、はい。わたしです」
こくりと頷く。成実はそれを確認すると、へにゃりと笑う。年相応で、無邪気な笑み。
「義姫様が呼んでるらしいよ」
「------------義姫様、が?」
告げられた内容に驚きつつ、義姫が呼んでいるのなら行かねばなるまいと政宗に向き直る。
なんともいえない不思議な表情を浮かべた政宗は小さく頷くことでOKサインを出すと、
が頭を下げ、部屋を出て行った。
「ふーん。あの子が、、ね」
「何だ、知っているのか?」
足跡が遠ざかり、静かになった部屋の中に成実の呟きが落ちる。とは会ったこともないはずなのに、
どうしてその存在を知っていたかのような話し方なのか。
政宗は疑問に思う。
「だってさ、あの子・・・・何か変な噂あるよ?」
「変な噂?」
「どんな噂です?」
眉根を寄せた小十郎に促され、成実は首を捻った。
「これ言っていいのかなー。政宗の付き人だろ?」
ぶつぶつ言いながら政宗の前に腰を下ろすと、躊躇いがちに口を開く。
「-----------俺も、半信半疑なんだけどさ。でも結構有名な噂で・・・」
「それで?」
「あの子--------『アヤカシの子供』だとか『人間じゃない』とか」
「・・・『妖』?」
「義姫様の部屋の何にもない空間から出てきたんだってさ」
政宗はその言葉に小十郎と目を合わせると、ついで「下らん」と笑った。
「何だその噂。持ってくるならもっとマシなものを仕入れて来い」
「ええー!」
あまりに神妙な顔をしていたから、よっぽどのことだと思ったのに。
「ひでえ」と頬を膨らませた成実は団子を一本掴む。
「でもさ、誰もあの子の出身地知らないし、変な言葉を喋るって言うし」
「---------確かに殿は、突然現れた、という感じですな。私も実際彼女に会うまで
その存在を知りませんでしたし」
「そうそう。ある日突然現れて、義姫様に忠誠を誓った」
『忠誠』。忠実で正直な心のこと。
確かにそれは、奉公のために城に来た女中たちと比べるとやけに異端に思えた。
「まあ、所詮噂だけどね」
「成実、か・・・」
政宗とも親しいようだったし、血縁関係でもあるのだろうか。
顔立ちは似ていたけれど、作る表情は全く似ていなかった。
そんなことを思いながら、義姫の部屋に足を進める。
を見て無邪気に微笑んだ成実の表情は、万人にいい印象を与えることができるだろう。
あのように微笑まれて悪い気などしない。
--------------ただ、
(目が、笑ってなかったけど)
それだけが引っかかった。
<2009.2.7>
|
|
|