そして世界は産声を上げた-[
某日、某所、子の刻。
「・・・輝宗様は、あの子供を次の当主になさろうとしている」
「なんと!・・・・・では、早めに杭は打たねばなるまい」
ゆらゆらと火が揺れる。
「どうなさるのですか」
「策は、ある」
部屋に落ちたその囁き声に、他の人間が驚きの声を上げた。
一人の人間がちらりと天井を見上げる。
「・・・暗殺でございますか」
「それが確実な方法だろうて」
「ですが、今政宗様には・・・護衛がついているはずです」
義姫が政宗につけた護衛が。その人間は四六時中張り付いている。
最近の噂では、就寝のときまで一緒にいるらしい。
それでは無理ではないか、と誰かが呟いた。
「だが、その護衛は子供だ。しかも女子らしい」
「義姫様がどんな意図で護衛をつけられたのか分からないが、そんな人間では気配も分かるまい」
はっはっは、と馬鹿にしたように笑う。
「それならば・・・早く、事を起こさねば」
「ああ。全ては政道様を当主にするために」
不穏な影が、伊達家全体を覆っていた。
◆ ◆ ◆
「・・・もうこんな時間か」
机に向かっていた政宗が書類から目を放し、一言呟いた。
執務をしていたらいつの間にか時間が過ぎていたらしい。薄暗い部屋の中で、
ゆらりと揺れる炎が障子に映る。
「湯殿に行ってくる」
「あ、はい。布団の準備しておきますね」
漢詩と格闘していたに声をかけると、政宗は湯殿へ向かった。
政宗が湯殿から出て、再び部屋に帰ってきたとき、によってすでに布団が敷かれていて、
眠る準備は万端だった。 当たり前のように布団が二組あるのも、毎日のことだった為、
もはや慣れてしまった。廊下を歩いてきた所為で湯冷めした身体を温めようと、火鉢の前に座る。
「・・・御髪、拭きますね」
「ああ」
同じように火鉢の側にやってきたが、布で政宗の髪から水分を取っていく。
この行為も最初は驚いたものだったが、「風邪引きますよ」とのの言葉と、
優しく拭いてくれるのが存外気持ちよくて、そのままにしている。
「終わりましたよ」
「ああ」
こくりと頷くと、ほんわかと温まった身体で布団に横たわる。が火鉢を片付け、
火を消したのを見届けると、政宗は眼を瞑った。
隣で布団に入り込む音が聞こえる。
(温い・・・)
シン、とした静寂に政宗の意識は早々に落ちていった。
身動きをしなくなった政宗に目だけをやると、肩が上下に動いていて、完全に眠りに落ちたようだった。
一緒に寝始めた頃は、よりも先に寝ることを拒んでいたのに。 寝ている頃を狙っての
行動を怖がって、時には目の下に隈を作ることもあった。
その為、は狸寝入りでも、政宗より早めに眠ることに決めたのだ。今となっては、
政宗のほうが先に眠ることが多いのだけれど。
政宗と出会って結構な時間が過ぎたけれど、不安がっていたあの頃を思えば、幾分かましなのかな
と思う。頑なに拒んでいた政宗も、少しはを認めてくれているように思うから。
(そう、こうやって隣で眠らせてくれたり、髪に触らせてくれたり)
未だに寝顔を見せてはくれないのだが、何をするにも嫌悪の表情をに向けていた頃
よりは、と思わず顔が綻んだ。
------------------殺気
目を瞑り、浅い睡眠に落ちかけていたの意識を浮上させたのは、複数の気配が放つ殺気だった。
気配の主は頭上・・・天井に、いる。
久しぶりに浴びた殺気に身体が硬直する。
敵は天井から自分たちを見ているだろうから、余計な動きはできない。
意識だけを隣に向けるが、政宗はこの状況に気付かず眠り続けているようだ。
(・・・片倉様に言って、気配が分かるようにしてもらいますからね・・・!!)
早くもこの状況から抜け出せた後のことを考えつつ、指だけを動かした。
義姫に渡された匕首は、ある。ただ、それも一本のみ。
(保つか・・・?)
いかに効率よく敵を屠るか、それを思案し始めたとき、彼らは音も立てずに着地した。
-----------来た!
直に向けられる殺気は、未だ眠ったままの政宗に向けられている。
ざ、と一人が動いたと同時に目を開け、上布団を思い切り捲り上げた。
「な、なんだ・・・!?」
「政宗様、起きてください!!」
敵が戸惑いの声を上げる。・・・・数は三。瞬時にその位置を確認して、布団の下に隠しておいた
匕首を鞘から抜く。
「どこの手のものだ」
「何だお前は・・・・邪魔をするな」
一人の人間が背負っていた忍刀をに振り下ろす。それを左に避け、小さな身体を利用して
懐に潜り込む。 「な・・・!」驚きの声を聞きながら、素早く匕首を腹に捻じりこんだ。
「ぐ、ぅ」
「・・・っ政宗様!!起きて!!」
残りの二人が政宗に向かっている。深く突き刺さった匕首を両手で取り出して、政宗の元へ向かう。
「・・・・ぁ?」
「政宗様!!」
「ぅ、わあああ!!」
寸でで目を覚ました政宗が、右に転がる。ひゅん、と先程までいた場所に刀が突き刺さった。
起き上がる政宗を引っ張り、部屋の奥へ連れて行く。
「っ、これ、どうなって・・・!」
「刺客です。・・・匕首はありますか」
「・・・ああ、持っている」
「ここから決して動かないでください」
「お前は・・・!」
未だ状況を理解し切れていない政宗を背に、敵の一人へ向かう。先の敵と同じように振り下ろされた
刀を匕首で受け止める。 ぎりぎりと鍔音が鳴り響いているが、匕首と刀の大きさは違うのだ。
敵はが一人を殺したことで本気の殺気を向けている。
「ぃ、あ・・・!!」
(どうしよう勝てない・・・!ここに、魔道具があれば・・・!!)
自分の接近戦の経験不足に唇をかむ。くそ、とここにはない武器に悪態を吐いた途端に
敵の足がの身体を蹴り飛ばした。
「・・・っ!!」
「おい、!!」
いとも簡単に吹き飛ばされたの身体を、政宗が受け止める。時を置かず、二人の敵が
近づき、は身体を起こした。 目の前に迫った刀身に、政宗の身体を突き飛ばすと、
刀がを抉った。
「ぐ・・・・っ」
-----------痛い。
まるで、それは嬲られているようだった。護衛であるのにてんで弱いを殺してからでも
いいと思ったのか、全ての攻撃はに向けられる。次々に刀傷ができ、血が肌を伝う。
-----------なんで。な んでこ ん、な。
いっぱい傷つけられて、俺を庇うんだよ。お前は、母上の部下だろ?
俺が死んだほうが、お前にとってはいいんじゃないのか。
なんで、庇うんだよ・・・!!
敵を屠る技術も力もない政宗は、ぎり、と畳に爪を立てることしかできない。
初めて見た血の赤に恐怖して、傷つきながらも敵へ向かっていくに苛立って。
「っ、もういい!!もういいから、やめろよ!!」
「----------嫌、です よ」
「どうして!」
「-------『あなたの命令には従えない』と言った、でしょう」
ぽろり、と何かが頬を伝った。
<2009.2.8>
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