貪欲な右手-V
思わずこぼれた名前に、ジョーカーはにんまりと笑った。相変わらず前髪は長く、目を覆っているが、
前髪から覗く瞳が、の姿を映して細まる。
「久しぶりやなあ、-----------」
「やっぱり、ジョーカー、なの?」
久しぶりと言っているし、この容姿にも覚えがあるのだが、それでも信じられないという
思いが強い。震えながら、それでもはっきりと発した言葉に、政宗たちの視線が刺さるのを感じた。
「・・・知り合いか?」
「あ、・・・・・すみませんまた後で!」
「へ、!?あ、おい!!」
ジョーカーの腕を掴み、部屋を走り去る。後ろから戸惑ったような、焦りを含んだ声が聞こえたが、
今は説明のしようがない。も内心焦っているのだ。
ただ、ジョーカーだけは、に引っ張られながら政宗の反応を楽しそうに笑っていたが。
「で?どういうこと?」
説明しろ、というように腕を組み、長身のジョーカーを睨めつける。
とりあえず誰かの目に付かないようにと雑木林まで走ってきたが、早くしなければ
場所が特定されてしまう。 そんなの思惟とは裏腹に、ジョーカーは土に刺さった
木の枝を見つけ、しゃがみこんだ。
「なんやこれ」
「・・・・・・・墓の代わり」
「・・・・わいのか」
「・・・・・・・・・・」
その言葉に口を噤み、俯いただけでジョーカーにはその反応が肯定しているのだということに
気付いた。相変わらずこの子供は嘘を吐くのが下手糞だと顔をほころばせる。
は紅麗以外には冷めた思考を持つ傾向にあったから、墓を作るぐらいには
ジョーカーのことを思っていてくれたのだと安心した。
「すまんかったな」
すっと立ち上がり、俯くの頭を撫でる。
の大事な紅麗を肝心なときに護ってやれなくて、と口にすると、は弱弱しく
首を振るった。
「大丈夫。紅麗様、最後に笑ってたから」
-----------だから大丈夫。
小さく、消えてしまいそうな声で呟いた言葉に、ジョーカーは「そうか」と答えただけで、
の頭から手をのけた。
「わいはなあ、もう永遠にブラックホールを彷徨うかと思ってたんや。けどな、
気付いたら変な場所に立っとった」
「変な場所?」
ジョーカーの突然の話題変換に興味を引かれたのか、はゆるりと顔を上げた。
「まあ、変なおっさんの絵画がある場所やな」
「・・・・・・なにそれ」
「名前は『ザビー』らしい。まあ、そいつに拾ってもろて今は南蛮のものを売り歩いて
る」
そしてその売り上げをザビー教に流すというわけだ。組織を大きくするために資金が必要なのはわかるが、
せめて可愛い女の子だったら俄然やる気も出るというのに、と嘆息した。
「で?」
次はお前の番だとジョーカーの視線がを捉えた。本来ブラックホールを通った
ジョーカーとは会えないはずなのにこの世界で再び邂逅したのは不可思議なことなのだろう。
何から言うべきなのか。は数秒躊躇った後、とりあえず森光蘭を倒したところからか、と
口を開いた。
◆ ◆ ◆
「・・・なるほどなあー」
からここに至るまでの経緯を全て聞いたジョーカーの口からは大きな溜め息が漏れる。
自分のいない間にそんなことになっていたとは。
の話には内心驚いたが、これでが紅麗ではない少年に忠誠を誓っているのか
合点がいった。あんなに紅麗に盲目な彼女だから、何か理由があるのだろうとは思ったが。
「これから、どうするつもりや?」
「----------ジョーカーもここにいるから、紅麗様がこの世界に存在しているという可能性も
無きにしも非ずだと思うの」
「探すんか」
「うん。--------けれど、わたしはここから出られない」
苦々しげに唇を噛む。今のは義姫の部下と言う立場だが、突然現れた子供を簡単に信用するほど
伊達家も馬鹿ではない。実際にをこの城から出さぬように縛り付けているのだ。
「・・・分かった、わいが探せばええんやな」
「・・・・・お願い」
どこか縋るような目でジョーカーを見据えるに、安心させるために微笑む。
その笑みを視界に入れたは、ぎゅ、と眉根を寄せもう一度「お願い、」と呟いた。
「わたしも、いつになるかは分からないけれど--------城から出たときに探そうと思う」
「大丈夫なんか」
「分からない」
紅麗を探そうと決意したはいいが、実際に義姫を筆頭に、伊達家のものが城から出してくれるとは
思えない。それでもようやく見つけた希望の光だ。 最初は紅麗を諦めてしまっていたが、
ジョーカーの存在によってまだ諦めるのは早いと気付いた。
「そうやな・・・戦について行ったらどうや?」
それならいろんなところに行けるやろ、と何でもないように言う。
確かにそれが手っ取り早いかもしれない。紅麗を探すために戦を利用するのは何だか
悪い気もするが、こちらも他の人間の望む平和と同じぐらい大切な存在がいるのだ。
そう自分を無理やり納得させながら胸糞悪い気持ちを心の底へ押し込む。
戦に出るには、自分が戦える人間なのだと証明せねばなるまい。しかしは刺客襲撃事件と
普段の鍛錬で弱いというレッテルを張られてしまっている。
それでも何故だか政宗の護衛を命じられているのだが。
そんなことを告げると、ジョーカーは少し考えるような素振りを見せ、
軽く米神を揉む。
「---------八竜は、『手を貸すのは』と言ったんやな?」
「そうだよ。それから何の反応もない」
きっぱりと告げたの言葉に何度か瞬き、そうして口を開いた。
「『手を貸すのは今回きり』なんや。それなら、八竜を屈伏させればええ」
「屈伏?」
「お前の兄貴もそうやったやろ。八竜を完全に屈伏させて、召喚すれば」
「・・・・・そうだね」
屈伏とは、考え付かなかった。確かに’彼’も、八竜を屈伏させて戦っていたのだというのに。
でも、
「簡単に、言うね」
「・・・なんやて?」
「ジョーカーは知ってると思うけど、わたしには炎術士の素質がないんだよ」
「そうやな」
「なのに!・・っ、 」
炎術士としても、肉弾戦も何でもこなすオールラウンダーの兄、烈火とは違い、は
紅麗のサポートしかできなかった。政宗を守ったのも、あの八竜だ。
悔しいがあの森光蘭を倒した八竜が、の実力で屈伏できるとは思えない。
ジョーカーは溜め息を飲み込み、再び沈んだ様子のの額を中指で弾いた。
「痛い・・・!!」
「ぐだぐだいうなや。・・・・お前が万能やないことはわいだって知っとる。けどな、」
そういうと一呼吸おき、痛みを耐えるの肩を掴んだ。
「今のお前は、屈伏させる自信がないと言うより------紅麗さんを探すことが怖いって言ってるように見えるで」
「・・・っ・・・」
「まあ、大体分かるわ」
が紅麗を探したいと思っていることは本当なのだろう。けれど、紅麗を見つけて、
どうしようもなかったとしても紅麗以外の人間に仕えていたと知られることが恐ろしいのだ。
だからその矛盾した考えをどうにも消化できずに、八竜の屈伏と言う目の前の問題に
八つ当たりしている。 なんとも子供らしい癇癪の仕方だ。
「お前は、どうしたいんや。自分の保身のほうが大事か」
そういうと、の目に傷ついたような光が映る。
ゆらゆらとその黒曜が揺れ、耐えていた涙が頬を滑り落ちる。
「そんなわけ、ない。紅麗様のほうが大事」
「・・・・ああ」
「わたし、やってみるよ。頑張って、みる」
-------そういった彼女の瞳は、もう揺らぐことはなかった。
<2009.2.25>
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