貪欲な右手-W







部屋に戻ると疑心に溢れた視線で見られたが、気付かないふりをしてその日一日を過ごした。
そのまままた別の土地へ行くのかと思ったが、ジョーカーは暫く米沢に留まるらしい。
「何かまたあったら呼んでやー」と最後に言い残して、城から出て行った。





ジョーカーに言われたとおり、屈伏させる方法について色々考えた。食事中や 布団に入ってからも。
しかし、 八竜を屈伏させるとはいっても、そもそもどうやって接触すればいいのかが分からない。 前回はどうだっただろうか、と記憶を探り、そういえばあの時は生きるか死ぬかの瀬戸際で どうやって出てきたのかは分からないことに気づいた。


(使えない・・・・!!)



自分の記憶が全く役に立たないことに頭を振る。なんだか叫びたい気分だ。
そのまま頭を振り続けていると、隣の人物が身じろぎ、もう少しで起こすところだったと 小さく息を吐く。


いや、もしかしたら気付いているのかもしれない。政宗はあの時から、見知らぬ気配 に目を覚ますように気をつけているようだったから。だけれど声をかけるのも拙いだろう と判断し、ゆっくりと目を瞑る。



八竜を使っていたあの『兄』はどうやって召喚したのだろう。
疲れていたのか、意識はそのまま混濁した。





◆      ◆      ◆






ドスンッ



「痛っ・・・!!」



お尻から発生した痛みが背筋を通って体中に電撃を走らせる。幾分か痛みがましだったのは、 着地した場所が一面砂だらけだったおかげだろうか。
この空間が暗くて遠くのほうまでは分からないが、 砂丘にいるような錯覚を受ける。



「ここ、は・・・・?」



すっと立ち上がり、着物についた砂を払い落とす。
感触もどうやら本物の砂のようで、 いよいよ此処はどこだろうかと真面目に思案する。眠ったときは布団の上だった(はず) なので、おそらく此処は自分の’中’、もしくは精神体だけ別の場所へ飛ばされたか。


驚いたのは自分が今どこにいるのか分からないにも関らず、ずいぶんと落ち着いていることだろうか。 知らぬ場所にいるのは今回で二度目であるために、慣れてしまったのかもしれない。
初めてのときは真っ暗な牢屋に枷をされて数日過ごしたので、自由があるだけ今がいいほうなのかもしれない と思いつつ、腕を組んだ。


「これで、八竜が出てきたら儲けものだよね・・・」


特に期待してもない言葉をぽつりと口にする。とりあえずやることもないので、 元の場所に戻るまで眠っていようかと目蓋を下ろしかけたとき、微かに声のようなものが の耳に届いた。



「・・・・・・だ、・・」

「え?」


何かを語りかけているのだろうが、歪なノイズに邪魔をされてうまく聞き取れない。


「おま・・・・な・・・だそ・・・」
「聞こえないんですが」
「・・・えに、なぞ・・・・をだそう」


聞こえる言葉を理解しようと耳を澄ませる。どうやら、自分に話しかけているのは女性のようだ。 女性特有の高い声とは言わないが、どこか妖艶な色を乗せてに語りかけてくる。



「・・・『お前に謎々を出そう』・・?」


謎々とは何だ。もしかしなくても、あの「これ、なーんだ」とかいう相手に問いかけをする遊びか。 それならば相手は子供だろうか。
それにしてはずいぶんと声の印象と合ってはいないが、大人しく だんだんとこちらに近づいてくるモノを待つ。


と、突然目の前で小規模な砂嵐が起こり、目を反射的に瞑る。 砂が目に入らないようにと両手で顔を覆うと、ばしばしと砂が当たる感触がした。



『・・・・お前に、問う』
「・・・・・・」
『お前は何ゆえ力を求める?』


治まった砂嵐にゆっくりと目を開ける。先程確かに何もいなかったはずのそこには、 癖がかった黒髪に、黒曜の瞳を持つ5歳ぐらいの子供がいた。これは----------- そう’これ’は、’わたし’だ。


目の前の子供はその黒曜にを映し出し、ただじっと黙って返答を待つ。 嘘になど騙されぬように、心の奥底を見渡すような、凪いだ眼で。



「・・・そう、だね」
『・・・・』
「後悔を、したくないから、かな」


それはあまりにも、陳腐で、チープな言葉だった。理由がありきたりすぎて、自身も笑ってしまうぐらいに。 だけれど、紅麗を探すために力が必要なのは本当。---------政宗を、護りたいと思ったのも、 本当。


「みんな、笑ってて欲しいから」


「無力だからって理由で、何かを諦めたくはないから」


-----------そう、きっと。人が力を求めるのは、いつだってそんな単純な理由。



「ねえ、だから----------」


ふわり、と目の前の子供を抱きしめた。その身体に触れた瞬間、一瞬身体が強張ったけれど、 背中を優しくさすると力を抜いたようだった。


が五歳ぐらいのときは、すでに人殺しをしていたかもしれない。一般から見ればそれは異常だろうが、 まわりには戦いのプロがいて、殺戮道具が手にあった。
だから、手に取ったはずなのに。 大きくなるにつれて、知識を得るにつれて、人殺しの意味を知った。

「だか ら、」


ちゃんと知ってるから、その上で力を求めるのだから。


「だから力を、ちょうだい」



そうやって囁くと、抱きしめていたその小さな体躯はゆらゆらと揺らめき、掻き消えて行く。 ぼう、と優しく、しかし心強い炎が姿を現し、視線がを捉える。


『合格だ、主。その答え気に入った』
「・・・・あなたの名前は?」
『私か?私の名は--------------』




『塁(るい)だ』



るい、るい、と何度も舌で名を転がす。その名は驚くほど馴染み、そう、まるで生まれたときから 一緒にいたような気がした。


「塁、ありがとう。これから・・・・よろしく」


目の前の火竜に向けて微笑み、手を差し出すと、塁はの腕に吸い込まれるように 消えて行った。ちり、と焼け付くような痛みが一瞬走り、腕を見る。
そこには、兄、烈火と同じように火竜の名が刻まれていた。ただ、取り入れる順番は違っていたが、 左腕の一番上に、確かに『塁』と存在している。


「ありがとう、」


静かにその名を撫でた。




<2009.2.28>