貪欲な右手-X
『さぁて、どうする主』
次は誰をその身に取り入れる、と愉しげな様子で塁は語りかけた。
初対面で謎を問いかけてきたことからもなんとなく察してはいたが、塁は楽しいことが好きらしい。
わくわくした様子を隠すことなく、の脳内に伝えてくる。
は烈火が扱っていた八竜を思い出しながら、次に対峙する火竜を選ぶ。
あまり個々のはっきりとした能力・性格は覚えていないが、烈火が頻繁に使っていて、
使い勝手がよさそうといえば。
「塁、とりあえずいったん出すよ」
そう一言断ると、右手で『塁』の名を空間に書く。最後の一画を引きながらその名を呼ぶと、
目の前には先程とは違う長髪の女が立っていた。 白い着物に身を包み、胸元を惜しげもなく
寛げていて、一言で表現するなら、妖艶な--------艶やか過ぎる女性だ。
「・・・来るかな?」
そう呟くと、この時を待っていたかのようなタイミングで、砂の中からたくさんの
火の弾が生まれ、に襲い掛かってきた。
ひゅんひゅんと息つく暇もないその攻撃を一心に避け続ける。右かと思えば左、下から来たと思えば
今度は上から。全て避けているが、このままでは限がない。
「塁!!弓に化けて!!」
『分かったわ』
頭の中であちらで使ってきた弓を思い浮かべると、手には思い描いたとおりのそれ。
完全な魔道具ではないけれど、と思いながら矢を番える。の魔道具としての弓は、
矢の先端に雷が点っていた。 しかし、今は。
---------------水の球が宿っている。
「行けっ!!」
声とともに弓を引いた。それも一本ではない、十数本を番えて二度三度引く。
は接近戦が駄目だが、弓だけは、狙った場所を外したことがない。誰にも負けたことがない。
それは自惚れなんかではない、確固たる事実。
『な、』
弓は全ての火の弾に当たると、一緒に掻き消えた。そう、が行ったのは、
水で火を消すという方法。なんともありきたりな作戦ではあるが、思っていた通り、
一つの火の弾に水を凝縮させた球を数本弓として放つことによる鎮火ができた。
「・・・っしゃ!」
不安要素もあったので、ちゃんと思い通りにいった事に軽くガッツポーズをする。
『、来るわ』
突然脳内に響いた塁の声に、もう一度弓を構える。同時に、先程の技の相殺に
一瞬怯んだ火竜は、砂の中からゆっくりとその正体を現した。火竜の姿が陽炎のように揺れて、
塁と同じ人型へと変身している。
烈火が、森光蘭を倒すときに召喚していたのと同じ姿。長い黒髪を後ろで一つにまとめ、
きりりとした表情でを見つめる女性。塁が艶やかならば、こちらは凛としている。
『・・・・』
「崩、だよね」
崩は答えはせずに、なおも炎を放ってくる。右、左、上、下。
「いくつ来たって・・・・全部消すだけだよ!!」
その言葉の通りには弓を放って火を消すと、火竜へと一気に距離をつめた。
弓の先に灯る水の球が凝縮され、手の何倍もの大きさにまで膨らむ。
いくら火竜といえど、この距離なら避けれまい。
-----------静かに、手を離した。
パァンッ!!
◆ ◆ ◆
は、と目が覚めたのは朝日が昇った直後のことだった。 一瞬、此処がどこだか分からなくて
戸惑ったが、何度か瞬いていると意識もはっきりしてくる。
隣で今も眠る政宗を起こさぬようにゆっくりと静かに身体を起こす。
ずっと布団に横たわっていたはずの身体がひどくだるいのは、精神体で動き回っていたためか。まるで筋肉痛にでもなったかのように
動かしにくい身体で布団から抜け出し、畳んだ後部屋を後にする。
「寒・・・」
日が昇ったといってもまだこの時間帯は寒い。寝着も薄いために布を通りぬける風が
身に凍みて、前掛けを合わせる。
---------此処に来て、もうすぐ1年が経とうとしている。
此処に来て色々あったが、もうそんなに経ったのか。本当に月日が経つのは早いものだと
思いながら草履を履く。ずっと外に置いていたためか、草履も冷気に晒され、きん、と
凍えるような寒さが足元から上ってくる。 鳴りそうになる歯の根を止めようと奥歯を噛み締め、
洗濯物を水につけた。ああ、本当に寒い。
「ええっと・・・・」
そういえば今日から、政宗がジョーカーに異国語を習い始めるのだ。と、ふと思い出す。
この前ジョーカーと再会して分かれた後、政宗はを問い詰めた。
「あれは誰だ、」とそう言われて、まさか同僚ですと答えるわけにはいかなかった。
そもそも言っても信じれるわけはないのだが、(わたしは異世界から来ました?
・・・馬鹿馬鹿しい)他にジョーカーとの関係を表す答えは存在しない。逡巡迷って、
つい答えてしまったのである。
「異国同盟を組んでいます」
と。今振り返っても、もう少しましな言い訳・・・・誤魔化しはあっただろうにと
溜め息を吐いてしまうが、言ってしまったものはしょうがない。 もとより、の
出生や経歴に疑問を持つ人間もいたことだし、妖(あやかし)呼ばわりされて
はこちらも堪ったものではない。 その為、これをきっかけに=妖ではなく、
異国の者なのだと認識されれば色々融通が利くかもしれないと考えたのだ。
政宗はその答えに不満げだったが、一応は納得したようだった。その様を見るに、おそらく
政宗もが妖紛いのものであるという噂を耳に入れていたのだろう。
安心した素振りを見せた後、政宗はに向かってこう言った。
「そのジョーカーとやらに異国語を学びたい」
もちろん小十郎は反対したし、成実もあまりよくは思っていないようだった。確かに
ジョーカーは日ごろからあんな飄々とした態度で、前髪の所為で顔すら確認できない。
そんな怪しい人間に異国語を習うとは政宗も肝が据わっていると思う。
「正気ですか」ともちろん聞いた。自身もその願いはどうなのだろうと思ったが、
頭ごなしに却下してもそれはそれでよくないような気がする。
「正気だ。・・・・お前の知り合いなんだろう?信用していないのか」
そういった政宗の眼は真摯だったが、一瞬違和感を感じた。そう、まるで------。
ああ、そうか。
これは、わたしを試しているのだ。
が嘘を吐いていないか、ジョーカーをどう扱うか。小さく息を吐く。
「信用している、と言うより・・・信頼しています」
「・・・そうか」
「はい。だから、政宗様に危険はないですよ」
あの紅麗にとってジョーカーは友人のような存在だ。だから心配はないのだと、
政宗とあとの二人に向けて安心するように笑いかけた。
(・・・なんだ?)
政宗は一瞬走った胸の痛みに、着物をぎゅ、と握り締めた。が小十郎と成実の
二人に笑いかけるのを見て、面白くないとも感じたし、そう、これはジョーカーとやらが
と知り合いだと知ったときにも感じていた。
(これは、なんだ)
痛い痛い痛い。泣きそう、だ。
------何故だかは、分からないのだけれど。
<2009.3.6>
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