優しさの抱擁で眠る-U







-----------自分は、この刀を振るえるのだろうか。


目の前に広がる広大な大地と、自軍とは違う旗色の敵に、政宗は刀を握り締めた。 身体を支える両足がひどく震えて、地面を蹴りだせない。



「、は」


今にも逃げ出してしまいたかったけれど、そうすれば自軍の指揮は途端に下がってしまうだろう。 そうなれば敗北してしまうが、それだけではない。無事に逃げ遂せたとしても、領地が 獲られ、伊達軍も領民も苦難を強いられるだろう。


(・・・分かっているさ)



もう一度自分に言い聞かせ、政宗は再度刀を持ち直す。同時に、どこかで笛を吹く音が 耳に飛び込んでくる。それが、始まりの合図だった。






◆      ◆       ◆






開戦の音が聞こえてくると同時に、は後ろに下がった。 そして、ぴん、と右耳のピアスを弾く。


『戦ね』
「うん。お願い、塁」


艶やかな声が脳内に響き、手には弓が現れた。そう、これは火竜’塁’が化けたもの。 兄烈火のときはよく人間に化けていたが、もしかしたら無機物にもできるのではないか と考えたのは二年前のこと。
他の火竜も屈伏させはしたが、やはり火竜を使うのは奥の手 にしたほうがいいと思い、それならば得意な弓で最初は応戦しようと思ったのだ。


その弓は、の右耳にあるピアスを弾くことによって出現する。そして空間から 現れた数十本の弓矢を番えると、一気に敵狙って放った。その鏃には炎が灯り、貫いた身体から 炎が発生する。



「うわああ!!」


火竜の火に焼かれ、思わずぞっとするような断末魔が上がる。それを確認しながら、 は何度も弓を引き続けた。
遥か前方には、放電しているような光が発生している。 政宗か、小十郎だとは思った。


初めて見たときには驚いたものだが、この世界には属性というものが存在しているのだという。 雷、炎、闇、などと沢山の属性があるらしいが、政宗たちは雷属性らしい。
そういったものが 存在しているために、の炎についてもあまり驚かないのかと納得したものだ。



「っ、多い・・・!」


放っても放っても次々と現れる敵に、は唇を噛み締めた。足軽一人自体は決して強くはない。 ただ、それを上回る数があるということ。
麗(うるは)だったときは、敵一人ひとりがプロで あったが、それ故に数は少なかった。これほど数が多ければ、先に自分の手のほうが 駄目になってしまうかもしれない。


(・・それでも、引き続ける)



我侭を言ってまでもこの戦場に連れてきてもらった意味を。









政宗が居ない、と気づいたのは、寝苦しさに目を覚ましたときだった。辺りを闇が支配し、 静寂が広がっている。確かに眠りに就くまでは隣に居たはずなのだが、どこへ行ってしまったのだろうか。 そこまで考えて、は苦笑した。
最近は政宗の気配に慣れきってしまった所為か、 意識しないと気配を察することができない。良くも悪くも、この世界に慣れてきてしまっている。


とにかく、夜は色々と危険だ。どこかに居るはずの政宗を探しに行こうと立ち上がり、 は暗闇へ侵入した。




「・・・まさむねさまー」


声を潜め、名を呼ぶ。一歩足を踏み込むと途端に色濃くなった気配に目を瞬く。 ぱしゃん、と漆黒の闇に響く水の音。音源はこの先だと、は歩を進めた。


「政宗様?」
「-------------



視線の先には、青白い顔だけを暗闇に浮かび上がらせた政宗の姿があった。水を被っていたのか、 茶を含んだ髪はしっとりと濡れてしまっている。何かあったのだろうかと政宗に近づくと、 その身体が僅かに震えていることに気付いた。


「・・・・・・眠れないんですか」
「・・・ああ」



弱弱しく頷き、両手を水に潜らせる。 は政宗の隣に座り込むと、膝を抱えた。



<2009.3.28>