優しさの抱擁で眠る-V
ふと気付いたときには、辺りには物言わぬ骸だけが積み重なっていた。あんなにも
人を殺すことを怖がっていたくせに、死にたくないと思った自分は無意識にその手を赤に染めている。
「、っ」
小十郎との名を呼ぼうとしたが、久しぶりに発しようとした声は掠れてしまっている。
咽喉はからからに渇き、ひどく水を求めていた。その時、丁度閉戦の合図が鳴り響き、
政宗はようやく刀を鞘に納めた。
仮眠をとろうと、身体を弛緩させる。隣にはいつものようにがいて、疲れたのか既に深い眠りに
入っているようだった。その姿に口が緩み、思わず笑みが浮かぶ。非日常の中の日常的な部分に
政宗は安心し、ゆるりと目を閉じた。
---------助けて、と、誰かが囁いた。
誰の声だろうかと辺りを見回し、無意識に腰の刀に手をやる。
『どうして殺すの』
(いやだ、やめろ)
『どうしてどうしてどうして』
念仏を唱えるかのような恨み言に、政宗は耳を塞いだ。聞きたくない。
『いたい、いたい、いたい』
「ぅ、っう」
確かに手で塞いだはずの耳に、気の狂うような言葉が入り込んでくる。もう、ここから
抜け出したい。はやく、気が狂ってしまう前に。そうして、政宗は自然との名を呼んでいた。
『まさむねさま』
「・・・・、・・・!」
ああ、やっと来てくれた。
政宗はその手を伸ばし、に助けを求めようとして、------ぱぁん、と叩き落された。
「、・・・?」
どうしてなんだ。
『政宗様・・・なんて、汚い手』
そんな手で触らないでください、とは顔を顰める。
『あなたは、人を殺すために力をつけたのですか』
そんな、いつもと変わらぬ優しい声で、口調で。はそう告げた。傷ついた表情の
政宗を一瞥し、もう一度は口を開く。
『本当に、きたない』
の視線の先にある政宗の両手は、赤黒い血で染まってしまっていた。
「っ--------------!」
がばりと身体を起こす。先程の恐ろしい夢の所為か、ひどい息切れを起こし、手はぶるぶると
震える。一点に定まらない視線は未だ眠りに落ちるを視界に入れ、軽く息を吐いた。
「っ、」
ひどい夢だった。
いつも優しいが、あんなことを言うはずがないのに。ない、のに。
そう何度も言い聞かせるが、鼓動は動揺して落ち着いてくれない。とりあえず寝汗だけでも
冷やしてしまおうと、政宗はを起こさぬように立ち上がった。
水面を覗き込むと、ひどく憔悴した様子の自分の顔が映った。 ゆらゆらと水面が揺れ、
この戦場に不釣合いな美しい月が浮かび上がる。その水に両手をつけると、まるで血を洗い流すかのように
手を擦り合わせる。夢の中でに指摘された血の汚れは洗っても消えず、躍起になって
激しい水音を立てながら両手を擦り合わせる。
その最中に、跳ねた水滴が政宗の髪を濡らした。
---------『あなたは、人を殺すために力をつけたのか』。
のその言葉が、頭の中でループする。違うと、言ってしまいたかった。
政宗が力を手に入れようと思ったのは、四年前のあの日、政宗に力がないことでが傷ついたからだ。
『貴方の命令は聞かない』と、そう言って血に染まった小さな身体。その光景は今でも簡単に
思い出せる政宗のトラウマだ。だから、もうを傷つけないためにも、自分で力を手に入れようと
小十郎に刀の扱い方を習った。
それは、’人を護る術が欲しい’から。
確かにそう決意して始めたのに、今は。ばしゃんっと、思い切り強く拳を水に叩きつける。
「っ、くそ・・・!!」
-----------汚い手。
「・・・政宗様?」
その時、静かな声が後ろから発せられた。その優しい声色の持ち主は、先程まで隣で眠っていた人物
であり、夢の中で政宗を拒絶した人。政宗は恐る恐る振り返り、怪訝な表情で立つ
人物の名を呼ぶ。
「-------」
夢の中のを嫌でも思い出して、身体が震える。それに気付いたのか、はゆっくりと
政宗に近づいてきた。
「眠れないのですか」
「・・・・・ああ」
眠ってしまったらまたあの夢を見てしまいそうで。こくりと頷くと、は膝を抱えて
隣に座り込む。
「怖いですか」
人を殺すことが、とは小さな声で呟いた。
「俺は・・・、俺は人を護る力が欲しかったんだ!!」
こんなこんなこんな----------殺すためではなくて、
「お前を、を護りたいから」
だからこの手を拒まないでくれ。そう言って、政宗はを抱きしめた。
<2009.3.30>
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