優しさの抱擁で眠る-W







「拒まないでくれ」


そう耳元で囁かれる声は、ひどく震えていた。いや、声だけではない。背中に回された手も、 を軽く覆ってしまえる身体も、小刻みに震えている。


「政宗様、泣いているのですか」
「、っ・・・、」


の言葉に頭を振り、その質問を否定した政宗は、ゆっくりと身体を起こした。ゆらゆらと揺れる 政宗の瞳を見つめ、その節くれだった手を握り締める。


「政宗様・・・・わたしは、貴方の手を拒みませんよ」


拒む、なんて。汚いなんて、そんなこと思うはずがなかった。だって、政宗自身もの 手を拒むことなんてしなかった。何度も何度も優しく手を伸ばしてきて、触れて。


「だってわたしは、貴方の優しい手を覚えている・・・!」


その無骨な手に心底安心している自分は、政宗自身が汚いというその手を拒むことなどできない。 ----------そして、一生、離れ ら    れ ない。


今も握り締める手から伝わる政宗の温度が熱くて、は涙腺が緩むのを感じた。最近、 自分は泣き虫だ。元々その兆候はあったが、政宗の傍にいると、いつだって泣きそうになる。


どうして。わからない。だってだってだって、・・・・・あつい。熱くて熱くて。 融けそうで、わからない。もう、頭の中がぐちゃぐちゃだ。何を考えたかったのか、 何をしたかったのか。そうして、いま、何を伝えたいのか。



「政宗様が怖いと仰るのなら、わたしが貴方の綺麗な手を覚えています」


--------だから人を殺してくれと言うのは違う気がした。

逡巡躊躇い、唇を噛む。未だ瞳が揺れる政宗は、人を殺すことで救われる人間もいるのだということを、 きっと認めてはくれないのだろう。これ以上殺したくないのなら、早くこの国を 制定して戦なんて起こさなければいい。そうすれば犠牲は少なくて済む。 政宗が悲しむ必要も、傷つく必要もなくなるのだ。


--------こんなことを考えるなど、生ぬるいと命(みこと)あたりに言われてしまうかもしれない。



「天下を獲れば、これ以上人を殺めなくて済むのか」
「・・・・・ええ」
「そうか・・・・・」


政宗の言葉に同意すると、ふう、と小さな溜め息が聞こえてきた。の拙い提案に 少しは楽になったのだろうか。尋常ではない震えも治まったようだった。


「俺は、駄目だな。格好悪いところばかり見せてる」
「政宗様」


に握り締められた手とは反対の左手で、額に張り付いた髪を掻き上げた。く、と 自嘲気味に笑うと、その表情をが見つめてくる。どこかぼんやりとした様子のの 頬に手をやると、身体の温度が冷めてしまったのか、政宗自身の手が冷たいのか。 は身体を一瞬震わせた。



「・・・格好悪いなんて、思いませんよ。悩んだり、泣きたくなったりするのは、 人間として普通のことでしょう?」
「ああ」
「誰も本当は傷つきたくないんです、痛いのは嫌いだから」
「お前も?」
「もちろんです。・・・・けれど、大切な人が傷つくのはもっと見たくない」


嫌に説得力のあるの言葉に、政宗は頷いた。「そうだな、」それも自分の所為で傷ついたとなれば、 余計に悲しい。だが、自分なら傷ついてもいいなんて、そんな自己犠牲の精神を持っているわけではない。


「だから戦うんです、わたしは」
「その手が汚れても?」
「--------この手が血で汚れることより、大切な人が血に塗れることが許せなかった」



そう言うと、政宗は「この世界は矛盾だらけだな」と笑った。久しぶりに見たちゃんとした 表情に、は相槌を打つ。----------そうだね。だけれど、多分矛盾しているから、 歪だけれどこんなにも美しい世界だと思ってしまうのだ。


円やかなの頬を撫でる政宗の手の上に、そっと自分の手を重ねた。そのまま政宗の 瞳を見つめる。ゆっくりと、こちらに近づく政宗の顔を、は拒まなかった。






◆      ◆      ◆







ちゃん」



起きて早々、は成実から声をかけられた。そこでずっとスタンバイしていたのだろうか、 木に凭れ掛かり、腕を組むその姿はまるで人形か何かのようだ。(おそらく羨ましいぐらい 整った容貌も起因している。)


「どうしました?」
「・・・べつにいいんだけどさぁ、なにしようが」
「はい?」
「政宗とのことだよ」


夕べの、と成実の唇が動いた。’なにしようが’に物凄く刺々しいものを感じる。 おそらく昨日の政宗とのやり取りを見ていたのだろう。


「覗きですか」
「・・・・・・・・・・気付いてたくせに」
「あはは」


確かに視線には気付いていた。が政宗を探しに行く前に、すでに政宗を見つけて 繁みで様子を窺っていたのだろう。成実は政宗を大事にしているから。


「身体はあげてませんよ」
「知ってる」
「なら、」
「ねえ、ちゃんさ、義姫様とはまだ接点があるんでしょ?」


『義姫様』。その名前に、は眉を顰めた。それが昨日のことと何か関係があるのだろうか。 とりあえずその質問に是、と答えると、成実は目つきが鋭くなる。



ちゃん、どっちを選ぶの」
「・・・どうして」
「きっと、ちゃんは義姫様の命令に逆らえないよ。もし、その命令が、政宗を傷つけるものだったら、」



どうするの、と。
ひどく泣きそうな目で、成実は問いかけた。・・・どうする?どうするって、そんなの。




--------わたしは、どうするのだろう。




<2009.4.4>