優しさの抱擁で眠る-T
あの人は、今も元気にしているのだろうか。自分の知らない何処かで、生きているのだろうか。
はらはらと舞い落ちる紅葉を見つめながら、はそんなことを思っていた。この世界に来てから
早4年。相変わらず紅麗は見つかっていない。ジョーカーも時々城に立ち寄り、色々な情報を
教えてくれるが、それはの最も望む情報ではなかったりして、かれこれ4年の歳月が
流れていた。
「、ここにいたのか」
背後から聞きなれた低い声が掛けられ、はゆっくりと振り向く。「政宗様、」そう言って
ふわりと微笑んだの隣に、政宗は腰を下ろした。
「・・・もうすぐ、秋が終わるな」
「はい」
つい、と顎を上げて、政宗は残り僅かになった紅葉を見上げる。その横顔は4年前と比べると
精悍さが見受けられ、最初に出会ったときには同じぐらいだった身長も、今ではすっかり追い越されて
しまった。じ、と夕日に照らされた横顔を見つめていると、視線に焦れた政宗が
左に座るを優しい目で見下ろす。
「なんだ?」
--------あの頃は布で覆われていた右目。今は刀の鍔によってそれはひっそりと隠されている。
その目から視線を外し、再び地面の紅葉に目を遣る。
「・・・もうすぐ、戦ですね」
「そう、だな」
視線を落としながらぽつりと呟いたの言葉に、政宗の声色が低くなった。きっと触れられたくはない話題だったのだろう。
先程の優しい雰囲気から一転して、政宗の纏うオーラが刺々しいものに変わる。
もうすぐ、政宗の初陣がある。この四年間、陰鬱だった頃が嘘のように、政宗は並々ならぬ
努力をしてきた。あの日、人を護る術が欲しくて刀を握り、今はもう小十郎ぐらいしか
負かす人間はいないのではないかと思うほどに強くなった。だんだん城内でも、それ以外でも
政宗を慕う人間が増えている。
------------そして、初陣。
多分政宗にとってはこれ以上ないほどの不安なものだ。そして、今まで生きてきて、一度もその手を
血に染めていないものにとっては、きっと何よりも辛いもの。できれば体験したくないもの。
だけれど、にとってはやっと紅麗を探しにいけるという喜びがあった。不謹慎にも、
ずっと待ち続けていた。
「本当に、お前も行くのか」
「もちろんです」
いけませんか、との返事に黙り込んでしまった政宗に声をかける。多分聞かなくても答えは分かっていたけれど、
それでも責めるように声を投げかけてしまったのはが戦場に行くことに政宗自身が否定的だから。
初陣の話が出てから、政宗とは何度もこのやり取りをしてきた。
--------『の手を汚したくないんだ』と、ある日政宗は言った。
予想外の言葉に固まったの両手を拾い上げて、ぎゅうと握り締める。
まるで愛しいとでもいうように、の肉刺だらけの手を包み込んだ政宗の表情を見て、
ああ、彼は知らないのだと思った。
思い起こせば確かに、が人を殺したことを政宗は知らない。死体を片付けた人間は
知っているだろうが、あの日の刺客を殺したとき、政宗は気絶してしまってが辺りを血に染めるところを
見てはいないのだ。だから、こんなにもひどく怯えている。
その姿に、は何もいえなかった。
「政宗様、わたし、ずっと探している人がいるんです」
「探している人・・・?」
初めて聞く話に、政宗のその秀麗な顔が怪訝な表情に変わる。
「ずっと、大切な人で・・・離れてしまってもどこかで生きていると信じているから、わたしは生きてこられた」
この世界で。・・・だが4年と言う歳月はあまりにも長く、永遠のようで、心の底では
紅麗の存在はもうこの世界にはないのではないかと挫けそうになってしまっている。
だから、
「だから、戦場に出て、自分の目で探して、それから・・・・」
「ああ・・・」
「ちゃんと、蹴りを付けようと思って、ます」
諦めるなと何度も何度も自分に言い聞かせて、ジョーカーにも励まされてきたが
、いい加減踏ん切りをつけなければならないと思った。紅麗が死んでいるとは思っていないが、
今の周りにいるのはこの世界の人間で、ずっとここに存在しない人間に縋りつくのは
あまりに失礼だと思ったのだ。だからこそ終わらせる。
(____わたしが、’これから’この世界で生きていくためにも)
「戦場に赴くことを許してください、政宗様」
「・・・・・・」
辺りを沈黙が支配し、やはり認められはしないのだろうかと落ち込みそうになった時、
右手を優しい手が上から覆う。包み込むように篭められた力は右側の人物から。
こみ上げてくる涙を唇を噛むことで耐え、は目蓋を下ろした。相変わらず
隣からの返事はなかったが、ぎゅ、と包むその大きな手が了承の合図なのだと思った。
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実際の政宗は、15で初陣、18で家督をついでおります。
婆/娑/羅は19歳ですが、このお話の政宗は18歳です。ご了承ください。
<2009.3.27>
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