「なあ、政宗は?」
城の奥深く、雑木林の向こう側にある畑で農作業に励んでいる小十郎に、後ろから声をかける。
政宗と暇な時間に鍛錬でもしようかと執務室を訪ねてみたのだが、いつもは書類に向っているはずの
青年が見つからない。城中を探し回ったが、とうとう成実は政宗を見つけることが出来なかった。
また城下町にでも行っているのだろうか。そういえば、政宗の下女であるも
見当たらなかった。
「成実殿」
若干イラついた様子で腕を組む成実を見遣り、小十郎は作業をする手を止めた。
声をかけられたついでに今日はここまでにしておこうかと、軽く土を払い、汗を布で拭く。
長い間没頭していたらしく、ふと太陽を見れば日はだいぶ傾いていた。政宗たちは、もう
仙台領を抜けた頃だろうか。
「政宗様なら不在ですぞ」
「どっか行ってんの?」
「ああ、殿と一緒に」
「------------、ちゃんと」
急に辺りが冷え込んできたかのように空気が重々しく変わった。
低く唸るような声色でその名が吐き出され、眉が顰められる。
「・・・ちゃんってさ、炎使えるんだね」
一瞬、小十郎には成実の言っている意味が分からなかった。先ほどまで政宗の
所在の話をしていたはずなのだが、と内心首を傾げるが、成実の表情に、思わず
口を噤んでしまう。
「俺さ、この間の戦で-------ちゃんが火を使うの見たんだよ」
どうして、ただの下女のはずなのに。何で属性があるんだろうね、と。
顔は笑っているはずなのだが、眼が決して笑っていない。その時、小十郎は初めて
成実の様子がおかしいということに気がついた。政宗が、初陣の後ぐらいから
そんなことを言っていたような気がするが、その時は気づかなかったのだ。
成実がいつも通り過ぎて。--------そう、がいない時だったから。
「元々の性質だろう」
「そうかな、そうかもしれない。・・・けどね、」
そっと、成実は視線を落とした。思い出すのは政宗の初陣での出来事。
「どちらを選ぶの」という言葉に、曖昧に笑って誤魔化した少女。その、力。
「---------甲斐の、真田幸村も、武田信玄も、火属性なんだよ」
そう言って笑うの-U
休み休み進みつつ、辺りが暗くなってしまったために、今日はここまでにしようということになった。
近くの宿に入って、疲れを取る。としては野宿でもよかったのだが、
冬直前の寒さと、何があるか分からないということで政宗に猛反対されたのだ。
辺鄙な場所に建っている宿に足を踏み入れると、宿の主人が顔を出した。
商人や旅人でいっぱいかと思ったのだが、一部屋だけ空いているらしい。
そこを借りることにして、風呂を使わせてもらった。出口のところで政宗と落ち合い、
再び部屋に戻ってみれば。
「・・・・・あからさまですねー」
あはは、と乾いた笑いをすれば、隣で政宗が大きな溜め息を吐く。
と政宗の視線の先には、一組の布団。それがどういう意味だか、二人とも知っている。
それでも、寒いときは一緒の布団で寝ていたりしていたものだから、緊張したりは
しないが。それでも、他の人がと政宗を見て、”そういう関係”だと勘違いしたことに
溜め息を禁じえない。
「とりあえず、髪拭いとけ」
「はい」
ぽたり、と髪から垂れる水がの首を伝うのを見て、政宗はそう告げた。
あらかじめ暖められていた火鉢の前に座り、暖を取る。疲れていたのだろうか、
その温かさに知らず目蓋が落ちてくる。丁度良い温度だ。
眠気と戦いながら、ゆっくりと布を動かせば、背後の手が布を奪った。
驚いて振り向けば、政宗が顔を元の位置に戻させ、髪の水分をとるように布を動かす。
「う・・・すみません」
「don't worry」
政宗に髪を拭いてもらうというこのシチュエーションは、昔とは反対だ。
「眠いのか?」
「はい・・・・・・・」
火鉢の温かさに加えて、政宗はことさら優しく拭くものだから、余計眠気が誘われる。
とろんとした目つきで政宗を見上げれば、政宗の眼が、一瞬細まったように見えた。
そういえば、が小さいときも紅麗がこうして拭いてくれたものだっけ、と
思い出す。森光蘭に拾われてからの生活は、あまりいい思い出はないのだけれど。
紅麗がいたから、は生きてこられた。
----------紅麗様。今、どこで、何してる?
元気だったら、いいな。薫と、二人で。
「政宗様」
「ん?なんだ?」
「誰を探しているか、でしたよね」
ぴくり、と政宗の手が反応した。昼に尋ねて、黙り込んでしまったの口から、
その話題が出てきたことに、内心驚く。無言で先を促してみれば、の唇が
少し震えた。
「兄、みたいな人です」
「兄?」
「はい。わたし・・・孤児、みたいなもので」
陽炎の手によって、時空流離で飛ばされたのは、
わたしと、紅麗様と、烈火さん。だけれど、わたしは辿る道を間違えた。
烈火さんがあの世界に着いて3年後、わたしはようやく時空流離を抜け出した。
何の因果か、血の繋がった兄ではなく、わたしたちを憎んでいた紅麗様の下へ。
「孤児、だったのか」
「わたしのは、少し特殊ですけど・・・その人、紅麗様って、いうんです」
が『紅麗』と言う人物の名を告げるとき、いつにもまして優しく、柔らかな響きを持っていた。
政宗からは頭部しか見えないが、恐らくは、優しく笑っているのだろうということは
簡単に予想がつく。
ちり、
胸を焦がす音。
「好きなんだな、紅麗って奴が」
からは見えぬ位置で、そっと眼を伏せる。自分からダメージを喰らいに行くとは、
政宗自身も馬鹿だとしか言いようがない。
「はい。---------好きです。あの人が」
がつん、と頭を殴られるような衝撃。分かっていた、がそう答えることは
雰囲気特徴で分かっていた。けれども、政宗にはこの世の終わりのような気がしていた。
義姫から拒絶された政宗にとっては、だけが--------
「なら、」
低く、唸るような声色で、に話しかける。政宗自身もどこから出しているのか分からないほどの
不機嫌な低音に、の体が強張るのが見えた。その反応にも腹が立って----いや、
傷ついたのかもしれない----、政宗はの肩に顔を埋める。それにも驚いたように、
ビクリと身体を反応させるを気にもせず、後ろから腹に腕を回す。
「なら---------俺、は?」
が息を呑んだ音が、どこか遠くのほうで聞こえた。
<2009.6.7>
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