そう言って笑うの-V
その日、甲斐の忍びは、団子を食べに城を抜け出した主人を探すため、城下町にまで下りてきていた。
日ごろから忍びなのに忍んでいないとはよく言われるが、さすがにいつもの迷彩柄は目立つ
と言うことで普通の町人の格好をしてきた。怪しまれない程度に、さりげなく辺りを見回しながら
歩けば、すれ違う人々は佐助のことなどただの町人としか認識していないだろう。
それにしても、佐助の主である幸村はどこへ行ってしまったのだろうか。単に団子屋と言っても、
この城下町にはそれらしい店がたくさんある。そして、何の嫌がらせか、幸村は決まって毎回
訪れる店を変えるのだから、佐助としては溜まったものではない。
(まーったく・・・あの旦那は・・・)
相変わらずのことではあるが、安月給で、しかも忍びの仕事ではないものまで
やらされて、これは訴えられるレベルではないだろうか。佐助は大きな溜め息を吐くと、
再び幸村の捜索を開始した。
◆ ◆ ◆
仙台を出て幾十日か経ったころ、たちは甲斐の国に足を踏み入れていた。
徒歩の旅を急遽馬を借りてまで、わざわざ甲斐の国まで下りてきた理由は、ある一つの
噂を聞いたからである。どうやら、『甲斐の国には炎を扱える人間』がいるらしい。
その噂を聞いたは、真っ先に紅麗の存在を疑った。もしかしたら、もしかすると。
紅麗かもしれない、と。それを伝えると、政宗は困ったような、不安げな顔をして
、甲斐の地へ行くことを了承してくれた。その道中、政宗とは一言二言しか言葉を交わしてはいない。
少し前の話だが、政宗に紅麗のことをようやく告げた。その晩、政宗はひどく荒んだ目つきで、
に自分のことはどう思っているかと、そう聞いたのだ。その問いに、は答えられはしなかった。
どう答えればいいのか分からなかった、というのが本音なのだが、政宗はその沈黙を
拒絶ととったらしく、急に顔を背けて黙り込んでしまったのだ。
何を考えているのかは分からない。政宗がどういうつもりで、「好きか」なんて尋ねたのかも
皆目見当がつかない。だけれど、ひどくショックを受けた顔を見て、なぜあの時答えなかったのかと、
自分を責めずにはいられないのだ。
そういうわけで、二人旅にも関らず険悪なムードのと政宗は、別行動をしている。
あの沈黙の中無神経に騒ぐほど、は愚鈍でもないからだ。こちらが悪いことをしたというのは
自覚している。だから後は謝るだけなのだが、如何せん、きっかけが掴めない。
「ちょいちょい、そこのお姉ちゃん」
「はい?」
昨日と変わらぬ、団子やら土産品などが並べられた店を視界の端で捉えながら、は
ゆっくりと歩く。ふと背後から呼ばれた女性の声に振り向ければ、昨日もそこで
簪などの装飾品を売っていた着物姿の売り子が立っていた。手招きをされて、首をかしげながら
近寄ってみる。
「お姉ちゃん、今日は一人?」
「・・・え?あ、はい」
昨日の眼帯をした殿方はいないのかい、と政宗の所在を暗に尋ねられて、戸惑いながら首を縦に振る。
昨日は甲斐についたばかりだったため、政宗と一通りこの辺りを一周したのだ。それを見られて
いたのだろう。しかし、昨日一日で顔を覚えられているとは、政宗の顔の造形が目立ったのだろうか。
紅麗ほどの美形と見飽きるほど一緒にいたでも、政宗は美麗な顔付きをしているから。
「そうなのー。いいわねえ、あの人、旦那様?」
「へ!?」
一瞬、耳を疑った。
「ちょっと待ってくださ、」
「家の亭主もあの方みたいに綺麗だったらよかったわ・・・」
どうやら、この女性は盛大な勘違いをしているらしい。政宗がの旦那だなんてあるわけがない。
慌てて制止の声を掛けるも、時すでに遅しといった様で、売り子はマシンガントークを繰り広げてくる。
それに苦笑しつつも、は女の話に相槌を打った。これではどちらが客なのか分かったもの
ではない。
「あっと、ごめんなさいね。こんな話して」
「いえ・・・旦那さんに、愛されてるじゃないですか」
「・・・うふふ」
最終的には旦那の愚痴に変わっていたが、は惚気にしか聞こえなかった。
顔を赤らめた売り子は、頬を弛めて嬉しそうに笑う。
「幸せなのよ、けれど、貴女の旦那さんが格好良かったものだから」
「あー・・まあ、格好良いですよね。旦那ではないですけど」
「だから、少し、ね。・・・・・羨ましいなと思って」
ありがとう、と言って売り場に戻った女性に手を振り、は元来た道を辿ろうと
踵を返した。そして、ゆっくりと歩きながら、右手で口元を覆う。
羨ましいという言葉に、過去の記憶が蘇ってきた。視界が、揺れる。
--------くれない。紅、いやだ。
火影一族が存在した世界で、紅麗は織田信長が攻めてきたことにより現世へと
送られた。そこにいたのは、金・権力・女という欲望に塗れた男、森光蘭。
生みの母、麗奈に次ぐ第二の母親は、森光蘭に取り上げられた。彼女は心臓に
遠隔爆弾を埋め込まれて、紅麗が森光蘭に傅くために命の危険に晒された。
憎かった。殺してやりたいと心から思った。
そうして、次に紅麗が心を許したのは紅という女性。ロングストレートがよく似合う
穏やかな女性だった。彼女は、また、森光蘭の手により、心臓に爆弾を埋め込まれて。
ぽち、
「、くれな・・・い」
音にすれば、そんな簡単で、殺人装置などとは誰も思わないだろうというほどの、軽い
音。だけれど森光蘭が押したそのボタンは、紅の心臓を確実に止めた。紅麗が小さく涙を零すのを、
光蘭のボディーガードに取り押さえられながら、はじっと見つめていた。
「くれないいいいい!!!!!」
彼女が、好きだった。人を殺した紅麗も、をも受け入れて、その綺麗な顔を
歪めて泣いていた。怒ってくれた。いつだって、笑いかけてくれた。
その彼女が----------------死んだ。
紅麗はその死に泣き、咆哮をあげる。やがて何かを決意した目で紅をその炎で
燃やし尽くすと、紅はその姿のまま、紅麗の炎の型になった。紅麗の炎の名は、
『不死鳥』。いくらでも地獄の底から蘇る。そうして、紅麗といつも一緒に居られる。
よかったね、と紅に呟くと同時に、生まれ出た黒い心。
「羨ましい・・・」
死んでも紅麗に傍にいられるなんて。炎となって一緒に戦えるなんて。
わたしも、紅のようにな れた、 ら。
ぼそりと呟いたの昏い声と、仄暗い感情に、「狂っている」と昼行灯は
呟いた。
「羨ましい、か・・・」
その感情が懐かしい、と思いつつ足を進める。視界の端に紅い人間を捉えた気がして、
は団子屋に足を運んだ。
<2009.6.30>
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次は恐らく・・・バイオレンスえろ。いや、微エロ程度なんで。
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