*後半、百合表現がございます。




そう言って笑うの-W







「はああぁぁぁあああ・・・・」


気が重い。テンション?なんだそれは。


「はあ、」


もう一つ大きな溜め息を吐き、両手で顔を覆う。名前と同じ藤色で染められた 着物を、ゆったりと着こなした男は、たいそうな美丈夫であった。ゆえに、店先の 椅子に腰掛けアンニュイな雰囲気を醸し出すその男へ、熱心な視線を送る女がいても 別に不思議ではない。


(___どうしろってんだ・・・)


しかし、その美麗な男は、店内から送られる女たちの熱を孕んだ視線には全く気づいていなかった。 平素なら、憧憬や恋情にしろ、他者からの視線にはすぐ気づくのだが、深い思考がそれを邪魔していた。


------------拒絶された。
「俺は?」と、縋りつくようなみっともない言葉をに問いかけると、びくりと震えた 小さな体。

--------------貴方なんか好きじゃない、といわれたも同然だと思った。



’兄’だという「紅麗」の話ばかりをするに、怒りがこみ上げてこなかったわけではない。 あの小さな体躯の彼女に、並々ならぬ感情を抱いていると、政宗は自覚している。


いつから、だったろうか。


には、自分だけを映して笑っていて欲しいなんて。( 母上に拒絶されたこのみにくいじぶんを、みて) 思い、始めたのは。多分きっと、四年前の刺客事件でのの行動に、心を打たれたというのも、 きっかけには違いない。・・・いや、だがしかし。

________本当に、’そういう気持ち’を抱いたのは。



(違う、そうじゃねえ)


ゆっくりと両手を下ろし、太ももに左手で頬杖をつく。

-------今考えるべきことは、自分の気持ち云々ではない。に拒絶された、と、 そういうことだ。別に何かを言われたわけではない。ただ、政宗の質問に身体を震わせて、 何も答えなかっただけの話だ。何秒、何分、もしかしたら数時間だったかもしれない。 それほど長い時間を、沈黙が支配していた。


---------それから、とは一言二言しか話していない。
あの時は、ただ怒っていたわけではない、と冷静になった今になって思う。 確かに、の反応にかっ、と頭に血が上らなかったか、といえば嘘になる。 けれど、多分自分は怒り以上に、-------ひどく傷ついていた。


___________拒絶された。・・・・・・裏切られた?
母上と、同じように。・・、も。



「違う、」


そんなわけ、ないだろうが。
『拒まない』と、あの日そう言ってくれたではないか。



終わりの見えないネガティブ思考のループ。に聞いたわけではないのに、 自分が勝手に決め付けるのもよくないのかもしれない。ふ、と小さく息を吐く。


ここで云々と一人唸っていてもしょうがない。聞こう。顔を上げて、立ち上がろうとしたときだった。


なら、この先の団子屋じゃ」
「-----------あ?」


誰だこの爺さん。口には出さなかったものの、政宗の顔に表れる表情は まさにそれだった。突如現れたように見えたその老人に、不審と警戒を抱く。

目の前には、政宗の下半身ほどの小さな身体の老人がこちらを見上げている。 どこかで怪我をしたのか、額から頬に掛けての一本の傷跡。どうやら、政宗と同じく 隻眼のようだった。


を探しにいくんじゃろう」


訝しげに老人を見下ろす政宗の視線をものともせず、翁はにやりと笑う。 なぜだ、誰なんだ?自分は、を探しに行くなんて一言も________話していないというのに。 訳知り顔での居場所を告げる翁に、不審感が募っていく。


「・・・・・を知ってんのか、爺さん」
「さよう。お主は---------」


そう言うと辺りを目だけで見渡し、誰もこちらに注目していないことを確認すると、 翁は再び口を開いた。


「お主は、独眼竜じゃな」
「・・・・誰だ、アンタ」


なぜ知っている、と言外に脅せば、飄々とした表情で口ひげを撫でる。


「わしのことは、が一番知っておるぞ」
「・・・が?」
「もっとも、言う気があるのかは知らんが-------御主らのここ最近の行動に、 そろそろ干渉せねばなるまいだろうと思ってな」


自覚はあるじゃろう、と翁が告げる。言われずとも、これから何とかしようとしていたところだ。 それに、『御主らのここ最近の行動』という言葉に、思わず目を細めた。一体、この老人は 何者なのだろうか。政宗に気づかれずに自分たちの行動を把握しているとは、ただの 翁だとは思えない。


「そんな凶悪な顔をせずとも、危害を加えようと思っているわけではないわい」
「・・・・・・・・・・・・」
「今回はただの忠告じゃ」
「・・・・’今回’?」


聞き捨てならぬ翁の言葉に、ぴくりと器用に片眉を上げてみせる。吊りあがった柳眉に気づきながら、 翁は西側を指差した。


「この先じゃ」
「・・・あん?」
を迎えに行ってやれ」


白髪頭の翁は、そう告げる。政宗はその言葉に口を歪めて笑うと、


「-----------言われずとも」


と、椅子から立ち上がり、隻眼の翁が指差した方向へ歩き出そうとした。不思議なことに、 政宗はもうこの翁のことを疑っていなかった。いや、十分怪しいのだが___本当に 危害を加える気はないようだし、何よりが翁のことを知っているらしい。に直接聞けばいい話だ、と 心の中で呟く。


「・・・あ、」


歩き出して数歩、翁に礼を言ってないことに気がついた。しかし礼を言うために後ろを振り返ると、 そこにはすでに翁の姿はない。数十秒ほど前までは確かにいたはずの翁が、忽然と消えていることに 驚き、政宗は目を瞬いた。


仙人の類なのだろうか。一瞬とはいわないが、それでもあまりに短時間でその存在は消えてしまっている。


(狐に摘まれたみてえだな・・・)


それとも狸爺か?どうやら、人間ではないらしい。ふ、と小さく息を吐き、頭を掻いていると、 背後からの翁の声。


「少しは、の言い分も聞いてやれ」
「・・・っな、」


ばっ、と背後を振り返ってみれば、やはり翁の姿は見当たらなかった。
-----------そして気配もなかった。


「何だったんだ、あれ・・・」





◆       ◆         ◆




ぱしん、ぱしん。
桜色の扇を、閉じたり開いたりさせる音が響く。肘掛に頬づえを付いて、広い部屋の中で一人働く 女中を見遣った。


ぱしんッ!と、持っていた扇を閉じて畳を叩けば、作業をしていた一人の女中がこちらを振り返った。


「・・・どうかなされましたか、義姫様」
「ふん・・・」


白々しい。きっとこの女中は、義姫が何に腹を立てているのか分かっているくせに。 にやり、と口端を吊り上げて凶悪な表情を晒す。その顔は美麗な顔の造形も手伝って、 醜くはならなかった。むしろ、綺麗すぎて恐怖である。


「--------たちは、今ここにはいないらしいのう」
「・・・・・・」
「聞けばお前が許可を出したそうじゃな、____喜多」


義姫の目の前に座した喜多に、目を細めてそう告げれば、ふるりと細い肩が震える。


「・・・何のことでございましょう」
「分かっておるじゃろうに・・・を出してはならぬと、言いつけておったにの」


『あの童を外に出してはならんぞ』と、女中たちには言いつけてあったのだ。突如現れた を、自由に動き回らせるのは危険なことだと義姫は思う。それに、は’利用’できるから、 逃げられては困るのだ。

何のために、忠誠を誓わせたと思っている。何のために、政宗の護衛へ就けたと思っている。 誰よりも義姫の近くにいる喜多には、それは言われずとも分かっているはずなのだ。


「絆されたのか?あの童に」
「______いいえ、」
「そうか」


目を細めて笑えば、ほ、と小さく息を吐くのが聞こえる。安堵するには、まだ早いというのに。 内心でそう呟いて、義姫は右手を差し出した。


「ならば、あの薬を持ってこい」
「____な、・・お言葉ですが、あの薬は危険です」


「だからじゃよ」

ゆるり、と喜多の頬を撫でる。恐怖か、それとも不快にか。ぷつぷつと鳥肌を立てた 喜多に笑いを零す。


「絆されたわけでないのなら、持ってこられるはずじゃろう?それとも、


_____裏切るのか?」



「・・・・・・いいえ、貴女さまの、仰せの通りに」


(貴女を裏切れるわけがないのに、)


ことさらゆっくりとそう答えれば、義姫は満足そうに笑った。どさり。そうして、 喜多の体は畳に押し付けられる。上を仰げば、木造の天井が見えていた。


「罰を、与えなければの」


政宗に?に?それとも____喜多に?


そんなことを聞く暇もなく、喜多の体を着物の上から弄り(まさぐり)始めた 白魚の手に、ゆっくりと目を閉じた。









<2009.7.16>
改訂<2009.7.27>