そう言って笑うの-X







まず目に付いたのは、ド派手なまでの真っ赤な鎧だった。その赤に、紅麗ではなく 兄の烈火を思い出してしまったのは、その男の雰囲気ゆえか。しかし、その細い身体の どこにこの量の団子が入るのだろう。目の前に積み重なっている団子を遠い目で見上げた。







男の赤に釣られて、団子屋に入ったのまではよかったのだが、いかんせんどこも席が埋まってしまって いた。それほど美味しいと評判の店らしい。とりあえず赤の鎧の男へ相席を頼むと、 男は顔を真っ赤にしながら許可してくれた。ちらちらと向かい側から視線だけを寄越されて、 ふと目をあわせてみれば、ぶるぶると震えている。


(・・・・・なんだろ?)


の格好が可笑しいのだろうか。それとも何か顔についているのか。こてん、と 首を傾げてみる。


「・・・・っ、は、」
「・・・は?」


わなわなと唇を震わせて、何かを吐き出す男(いや、青年だろうか)に、鸚鵡返しに 聞き返す。それにしても、先ほどからまともな反応がもらえないのは、この世界の デフォルトなのだろうか。義姫といい、政宗といい。


最初の一言を発してから、次の単語をなかなか口にしない青年を、ここぞとばかりに 観察する。


手触りの良さそうなさらさらの髪、日本人にしては珍しい茶髪。恐らく地毛だろう。 純日本人特有の黒髪のにとっては、少し羨ましいと思わないでもない。 そういえば政宗も、目の前の青年までとは言わないが、その髪色はこげ茶だ。 見た目は少し硬そうな髪質だが、触ればサラサラの感触だということを、は知っている。


(でも政宗様はもっと・・・なんか・・・しっとりしてるっていうか・・)


それにしても美形だなあ、なんて顔の造形を見つめてみた。肉食というよりは草食系男子 のような気もする。肌は白いし、何より全体的にバランスの整ったこの顔はさぞかし 女性にモテることだろう。じっと見つめていれば、青年の顔にますます朱が差してくる。


(んー政宗様はどっちかって言えば綺麗系、かなあ・・・)


「って違ぁぁぁぁぁぁあう!!!」
「っ!(びくんっ)」


(違う違う、!何でわたしはすぐ政宗様と比べたがるのよー!!)


ぶんぶんと風を切る音を耳元で聞きながら、は頭を激しく振る。大声を上げた途端に、 青年が驚いたように身体を跳ねさせたのも、今は無視だ。


とりあえず気分を落ち着かせようと、は深い深い深呼吸をした。何故だか、妙に 顔が熱い。ぱたぱたと手で仰いで、火照る頬から温度を下げる。


「・・・・は、はれ、」


もう一度聞こえた理解不能の単語に、は顔を上げる。先ほどは驚いていた青年の顔に、 赤色が戻ってきている。何事だろうか、と熱を下げながら内心首を傾げた。



「___え?」
「破廉恥でっ・・・・・ふごっ!!!!」
「旦那ァァァァァァァァァア!!!!」



(・・・・誰?)


すう、と赤の青年が息を吸うと同時に、どこかから飛び出してきた、これまた美形な青年。 赤の青年よりは濃い色の茶髪を立たせ、その顔にはペイントのようなものが塗られている。 新しい侵入者は、赤の青年の大きく開いた口に団子を4・5本突っ込むと、 大きく嘆息した。


「・・・あの?」
「へ?あ、ああ・・・気にしなくていーよ」
「はぁ・・・」


何がなんだか分からない。気にしなくてもいい、と言われたものの、団子を口に突っ込まれて ふごふごと呻いている赤の青年がちらちらと視界に入ってきて、気にせずにはいられない。


「・・・(もぐもぐ)・・・っ何をする、佐助ぇええ!!」
「あー・・・団子を早く旦那に食べさせてあげたくてね(棒)」
「う、うむ・・・そうか・・・」


それならば仕方がない、と赤の青年は呟き、目の前に並んだ団子の山に手を伸ばした。 赤・白・緑が並んだ団子が次々と男の胃袋に収納されてゆくのを、どこか呆然とした目で見つめ る。それに気づいた「佐助」と呼ばれた青年が、苦笑を零しながら頬を掻いた。


「ああ、この人はいつものことだから、」
「いつも・・・」


この量を、だろうか。


「うっ、」


吐き気が込み上げてきた。まさか本当に吐く気はないのだが、そう、あえて言うのなら 気分的にというやつだろう。口元を片手で覆ったを見て、佐助はほんの少し目を細める。


「あーっと、そうだ、名前は?」
「・・・・・です。貴方は?」
「俺様は佐助、こっちで団子食べてるのが___」
「某は真田源次郎幸村でござる!」
「あ、は、はい」


分かったからこっちを向くんじゃねえ。口の中の団子が飛んでくるだろうが、と、 恐らくここに政宗がいれば、そう幸村に告げただろう。しかし生憎、隻眼の青年は 白髪の翁と話しこんでいて、未だこちらに向ってはいなかったから、この状況に 突っ込める人間は存在しなかった。


いとも簡単に自分の名前を曝した幸村に、佐助のもの言いたげな視線が纏わりつく。 ここが自分たちの領地だからよかったものの、敵地だったら「真田」の名前に 反応されるに違いない。それにも気づかずに、ぱくぱくと団子を腹の中へ納めていく 幸村に、佐助は頭が痛むのを感じた。


はその名にピクリとも反応しなかったから、恐らく自分たちのことは知らないのだろう。 しかし、先ほど口元を覆ったときに見えた、片手のタコ。人差し指の第一関節が硬くなってしまっているのを 目敏く見つけた佐助は、の事を警戒していた。その場所にタコができるということは、 弓道か、どちらにしろ弓を扱った何かをやっているということだ。


「・・で?ちゃんは、旅人?」
「え・・・」


ゆるり、と口元に笑みを敷いた佐助に、は瞠目した。何故ばれてしまったのだろう。 それらしいことは何も口走っていないはずなのだが。怪訝な表情になったに、佐助が 苦笑する。


「いや、旦那の名前に反応しなかったじゃない?」
「・・・名前?」
「『真田幸村』っていやあ、結構ここらでは有名なんだけどね」
「あ、そうなのですか・・・すみません、無知で」
「はは、構わないよ。旦那も気にしてないみたいだし、」


そう言うと、佐助は幸村を横目で一瞥した。主は相変わらず食べることに夢中らしい。 それにしても、と佐助は申し訳なさそうに頭を下げるを見つめた。 あえて幸村の位置を暴露してみたのだが、は襲い掛かる素振りすら見せない。 始めは、刺客の類かと思ったのだが。がりがりと頭を掻いて、に顔を上げるよう 告げる。はほんの少し渋って、顔をそろそろと上げた。


「じゃあ、何しに来たの?」
「はい・・・こちらに、炎を扱う方がいらっしゃると風の噂で聞きまして」
「へえ・・・」


(炎、ね。・・・属性のことかな)


ここは正直に告げるべきだろうか、と佐助が思案し始めようとしたとき。先ほどまで 団子を食べることに夢中だった幸村が、お茶を飲み干して口を開いた。


「火属性なら、某とお館様でござる」
「、あ!」
「・・・お館、様?」


(あーあ、言っちゃったよ)


もはや乾いた笑しか出てこなくなった佐助。幸村とはそれに見向きもせず、 会話を始める。


「お館様って誰ですか・・・?」
「お館様は、武田信玄殿と申す」
「武田信玄・・・」


どこかで聞いたことはある。しかし、はて。どこだっただろうか。顎に手を当て、 探偵のポーズで何かを思い出そうとするが、何も思い出せない。そもそも記憶力には 自信がないのだ。はそういうわけで、早々に思い出すことを諦めると、未だ手をつけていない お茶に手を伸ばした。


「じゃあ、その武田信玄様、と・・・真田さんだけが火属性なのですね?」
「うむ!」
「そうですかー」


(無駄足だったかな・・・)


政宗になんて報告しようか、は頭の片隅で考え始めた。今は絶賛喧嘩(?)中だ。 こんなことを告げれば、ますます政宗の機嫌は下落の一途を辿るであろう。ずず、と もはや冷め切ってしまったお茶を嚥下する。


「で・・・、そんな火属性の人の名前なんて聞いてどうするの?」


ようやく現実逃避から帰ってきた佐助が、頬杖をつきながらに尋ねる。


「あ、と・・・兄を探していまして、それで」
「お兄さん、炎扱えるの?」
「・・・・・・・・はい、」
「ふうん」


それならば、自軍の戦力に欲しいものだ。自分も過剰労働しなくてよくなるかもしれないし ______と、佐助の思考が思い当たったとき、の右耳に光るものを見つけた。 ちゃり、と揺れる銀色のそれに気をとられ、佐助はゆっくりと手を伸ばす。


「これ・・・」
「、わぁ!」
「あ、ごめんね」
「・・・い、え」


耳たぶを突き抜けたそれを、ゆるりと撫で上げると、の体がビクリと強張った。 心なしか、鳥肌も立っているようだ。佐助はそれに気がついていながら、なおも の耳たぶにぶら下がっている物体を撫でた。


「これさ、南蛮のものだよね?」
「え、あー・・・はい・・・(多分)」
「こっちによく来る行商人がさ、同じ様な物つけてて」


もしかして、ジョーカーのことだろうか。果たして、ジョーカーがピアスをつけていたのかは分からないが、 『こちらの世界』にはない代物だ。恐らく彼だろうと予想をつけて、は佐助を困ったように 見つめる。佐助にはその気はないのだろうが、まるで擽られているような手つきに、は 首をすくめた。


「佐助、破廉恥だぞ!!」
「旦那声がでかいよ・・・」


顔を赤くした幸村にそう言われては、佐助もやめるしかない。すっ、と手を耳元から 退けると、は即座に右耳を覆った。多分、今、耳は真っ赤だろうと予想がつく。 「ごめんね、大丈夫?」と微笑まれれば、は首を横に振った。


「大丈夫です、すみません」


先程のは何だったのだろうかと、内心首を傾げつつ、は席を立った。もうそろそろ帰らねば なるまい。政宗はすでに、宿に帰った頃だろうか。そんなことを考えながら、 は二人に軽く頭を下げる。


「あの、いろいろ有難うございました」
「こっちこそ。・・・帰るの?」
「はい。さようなら」


最後の最後に、にっこりと微笑んで、は茶屋を後にしようとした。その時。


殿!」
「______真田さん?」


黙っていたかと思えば、ほんの僅かに頬を赤くした幸村が、帰ろうとするを見つめていた。


「その・・・・・また今度、会おうでござる」
「・・・・・・・・はい、・・・また」







ほんの少しの時間だったが、なかなか有意義な時間が過ごせた。目的の紅麗の情報は手に入らなかったけれど、 自分の耳で聞いて、諦めがついた。


(帰ったら、お墓、作ろう)


止まっていた時間、いや、わざわざ止めていた時間。ちゃんとこの世界で生きるために、 自分の足で歩き出さなければ。悲しくないわけはなかったが、それ以上に清々したような 爽やかな気持ちが心の中に広がっていた。


ふふ、と笑いながら宿の部屋に辿り着くと、 政宗は窓の桟に腰掛けながら、町並みを見下ろしていた。喧嘩していたことを思い出して、 逡巡、声をかけるか躊躇ったが、は拳に力を入れて政宗の名前を呼んだ。


「___________なんだ、」



くるり、と。
政宗が、振り返る。


「・・・ま、さむね、さま・・・?」


つめたい、こえ。
つめたい、め。

___まるで、拒絶されているようだ、と。



「・・・・・楽しそうだったな」
「え、・・」


何が?と、尋ねようとした瞬間。の体は、床に打ち付けられていた。






<2009.8.6>


佐助の喋り方が分からん。そして幸村があほの子になりました。