そう言って笑うの-Y







何が、起こったのだろう。
この人は、誰なんだろう。


「_____俺のことは拒絶しといて、他の男の手は受け入れるのか?」



何が可笑しいのか、政宗は口元に笑みを刻んで。組み敷かれたが、この状況に訳も わからず見上げると、政宗はほんの少し目を細めた。


「な、に・・・?」


打ち付けられた、背中が痛い。ずきずきと痛みを発してくるそこに顔を顰めながら、 はこの体勢がおかしいという事に気がついた。



-----------どうして、なぜ、わたしは政宗様に押し倒されているのか。
まるで逃げることを許さないとでも言うように、両手首を掴まれて。


「政宗、さま」
「ん・・・?なんだ?」



ひどく優しげ、に。
まるで、幼子に諭すような柔らかな口調で、政宗は尋ねる。しかし、その目は まったく笑ってはいなかったために、は身体を強張らせた。すると、それに気づいた 政宗が、手に力を入れる。ぎゅう、と、手首が締め付けられて、は痛みに喘いだ。


「俺が、馬鹿だったな。・・・・あの日、お前が受け入れてくれたから、お前は俺のものになるのだと 思ってたぜ」



------------あの日。「受け入れる」。


が黙り込んでいると、目の前の青年は静かに笑った。口端を吊り上げたその笑いの ポーズが、まるで自嘲するかのようにも見えたが。それを確信する前に、政宗は 「まさか、忘れてんのか?」と、呟く。



--------受け入れたと聞いて思い出すのは、初陣のときだ。

人を殺した政宗が、恐怖と自責の念に泣いていた時。


「拒まないでくれ」

と、その言葉に、

「拒みませんよ」


と告げた。そうして、近づいた唇を受け入れたこと。恐らく、政宗はこのときのことを 言っているのだろう。確かにはあの時、政宗を受け入れた。触れる感触に、 少し、どきどきもした。何故かは分からない。



「紅麗は好き、俺のことは’分からない’」
「・・・・・・・」
「キスは受け入れといて?」



「_______馬鹿にしてんのかよ」




は、と息を吐くと、政宗は顔を近づけた。そのまま、の耳元に唇が触れそうになる 距離まで。耳たぶを、政宗の熱い吐息が擽る。「っ、ぁ」びくりと、不可抗力に身体が 震えた。


「ま、さむねさま・・・!」

「どうせ拒むんなら、・・・最初から俺を拒絶しろよ!」



------------違う、!政宗様、わたしは拒んでなんかいない!


今までが歩んできた人生のなかで、「好き」だと思えるのは紅麗だった。 ジョーカーや、雷覇や、音遠、磁生、紅。麗(うるは)のメンバーも好きだったが、一番 好きで心を開いていたのは紅麗だったのだ。紅麗に捨てられたら、絶対には立ち直れないだろう。 そのぐらいに、好きだった。けれど。



それを政宗に告げようとする前に、耳元に激しい痛みが走った。


「痛い!・・・・いぁ、あ!」


がり、と突き刺すような痛み。痛みの発生源など、見なくとも分かる。右耳に顔を埋めたままの、 政宗だ。政宗は、の耳たぶを貫くピアスを噛んでいる。まるで、その部分だけを噛み切ろうとするように。



----------確かに、紅麗のことは好きだ。一生、は思い続けるだろう。 たとえ「この世界」にいないと分かってしまったとしても、「この世界」で生きると 決意をしたとしても。紅麗のことは絶対に忘れはしないし、この気持ちも嘘ではない。


だけれど、政宗に「どう思っているか」と聞かれて。ぐらりと傾いた心があったのは、事実だ。 自身、政宗をどう思っているのかは分からない。確かに、一緒に居て笑える自分がいる。 ひと時でも、傍に居たいと思ってしまうこともある。だが、こういう気持ちを、何と名前付け すればいいのか、分からないのだ。



そもそも、政宗の言う「好き」の気持ちもよく分からないのに。

紅麗へ向ける「好き」の気持ちではない。もちろん、麗(うるは)メンバーに向ける 気持ちと、政宗への気持ちは違う。分からないのだ。分からない、けれど。


(どうして政宗様を拒めるのか)



ぎり。頭の中で考え事をしているを叱咤するように、政宗から与えられる痛みが 増した。


「っ!!!う、あ・・・!」


鋭い痛みに耐え切れず、ぼろりと目じりから涙が零れる。それにも、政宗は反応しなかった。 痛みだけを与えられて、だけれどその痛みすら拒むことはできなくて。は仰がずとも目の前に見える 天井に、手を伸ばした。涙と痛みで、視界がぼやけて見えない。


「、まさむ、ねさ・・・!聞、いて・・・!!」


今この気持ちを、正直に伝えたいのに。だけれど、ようやく耳元から歯を離した政宗は、 こう言ったのだ。



「_________________最低だ、」







◆        ◆         ◆





「ならば・・・殿が、刺客だとでも言いたいのか?」


ほんの少し険を含んだその問いは、「真田幸村と武田信玄がと同じ火属性だ」と 告げた、成実へのものだった。それを聞いた成実は、さぁ?と軽い調子で、肩を竦める。


「分かんないよ、ちゃんが刺客なんて・・・でも、密偵かもしれないってぐらいは疑ってるよ」
「・・・・・しかし、」
「小十郎は、分かんないかな」


そう言った成実は、笑っていた。普段は性格の違う政宗と成実だが、こうやって自嘲する様な 表情のときは、二人がひどく似ている、と小十郎は思う。やはり血の繋がりだろうか、 それとも、二人をとりまく環境か。特に成実は、不毛な恋愛をしているから、かもしれない。


「政宗は、簡単に信じすぎるんだよ。・・・後で傷つくのは自分なのに、さ」
「・・・・・・・・」



はたして、政宗はを簡単に信用しただろうか。義姫に裏切られて、その母親の部下と 名乗るを、簡単に信じていただろうか。小十郎には、それが疑問に思えてならなかった。 むしろ、あのときの政宗は、を嫌悪していたようにも思える。

ならば、さて、いつ今のようにを受け入れたのか------。それを思い出そうとして、 小十郎は今の今まで忘れていた事実を思い出した。あの日、政宗の心を変えた事件。 あの時政宗を命がけで守ったのは、だった。


------燃え盛る焔、焦げ付いた人間の焼ける臭い。火達磨となって 消し炭になった人間。


あの時、あの部屋には、どこにも火の気なんてなかった。偶然?それにしてはピンポイントに 刺客は焼け焦げていた。当時は気にもしなかった疑問は、という少女への疑念を生み出す。


が火属性なのは、この間の戦いで小十郎も知っている。だけれど、少女は当時から 火が扱えて、なおかつ人間を殺すことに躊躇いもしなかった。そうして、目の覚めたは 、人間を殺したという罪悪感すらなかったように思える。何故か?それは、考えるまでもなかった。



---------今までにも、人を殺していたのだ。あんな、純粋そうな顔をしながら。


政宗が初陣に赴くとき、は連れて行きたくないと、政宗が辛そうに顔を歪めていた事を 知っている。人殺しをさせたくないのだと。でも、もしもが、政宗のその気持ちを知っていながら 戦場に出たのだとすれば。


(裏切ったのだ。政宗様を)


信じたくもない、想いだった。




◆         ◆         ◆




政宗は、隣で昏々と眠る少女を見下ろした。不自然なほど白いの頬には、幾筋もの 涙の跡が伝っている。政宗は、それにゆっくりと指を這わせた。


---------心を、傷つけた。傷物に、した。


政宗の乱暴とも言える行為を、は黙って受け入れた。「嫌だ」と声を上げることすらせずに、 涙を流しただけだった。それを見ても止めようとしない政宗は、頭に血が上っていて、まともな判断すらできなかったのだ。


-------白髪の翁に言われて、訪ねたのいる場所。そこには男が二人いて、は 楽しそうに笑っていた。政宗が幾十日ぶりかに見る笑顔。それにひどく眩暈がして、 次の男の動作に、心臓を鷲掴みにされた。


ゆるり、との耳元を滑るごつごつした手。男は装飾品を何度も撫で、は恥ずかしそうに身を 捩る。



その光景を脳内に伝えたときには、政宗の頭は怒りでいっぱいだった。あんなにも簡単に 触らせたに。馴れ馴れしく触れる緑の男に。だから、が宿屋に帰ってきたときに 冷たい目を遣って、組み敷いた。そうして、乱暴にの身体を暴いて、。


「っ、」



優しくしようと、勤めることすらしなかった。むしろ、痛みに啼くに一種の加虐心 すら湧いてきた。なお一層ひどくなる行為に、は「痛い」と呻くだけで、政宗を 払いのけようとしなかったから。だから、調子に乗ったのだ。ぎゅ、と拳を握る。 まるで、手のひらに爪を立てることで、痛みを与えようとするように。


(『___最低』?・・・最低なのは、俺じゃねえか・・)



は、と自嘲を零した。蘇るのは、の太ももに流れ伝う、破瓜の赤。罪悪感は確かにあった。 けれど、------------傷ものにした、という達成感。これで、は自分のものだ。 すでに処女でなくなった身体は、もうどの男にも受け入れられまい。


「、っ、はは・・・」


仄暗い気持ちが、政宗の心中を渦巻いていた。





<2009.8.7>




追い詰められたら、政宗様はこれぐらいするだろうな、と思います。