そう言って笑うの-T
行くぞ、とを連れ城を抜け出したまではよかったが、これからどこへ向かおうか。
前のときは、に大して聞きもせずに、ただここで降りるという言葉に驚いていただけであったため、
実を言うときちんとした行き先も計画していない。敷地を抜け、今ようやく城下町に下りて、
これからどこへ行く、とに尋ねるために数歩後ろを振り向く。
「・・・・・、嬉しそうだな」
「え、!あ・・・はい」
城を出てからずっと静かだったため、何か考え事でもしているのかとも思ったが、
政宗の後ろを歩くはすごく嬉しそうに見えた。落ち着かずにキョロキョロと辺りを見回し、
その顔は傍から見て分かるほど緩んでいる。
「実は、城下町来るの初めてなんです」
「初めて?」
「はい」
そもそもこの前の戦のときに初めて城から出たらしいが、状況が状況であったために
他を見る暇がなかったのだとは言う。
「何か、新鮮でいいですね」
元気に走り回る子供たちや店が珍しいのか、しきりに目を輝かせている。
奉公中の他の女中たちも基本的には城から出ることはないが、それでも奉公に来るまでには、
誰でも一度は訪れることはあるであろう、城下町。それに城から出るのも初めてだと言っていた。
確か、が”奉公に来た”のは四年前からだと聞いている。それならば、それよりも
前に城の外にいたのではないか、と政宗は疑問に思う。まるで、ずっと城の中で生きてきたみたいだ。
数年前は政宗も城から出たことはなかったが、”あの”時の出来事から、政宗は
外のことも知ろうといろいろな場所に出かけている。
(いや、・・・・確か成実が)
『何もないところから現れた』と言っていたのを、突然思い出した。あの時は「もっとましな
嘘を吐け」とかそんなことを言って一蹴したが、今思うとあれがを知るための
何かのヒントとなるのではないだろうか。
「アヤカシの類、か」
「へ?何ですか?」
「いや・・・なんでもねえ」
一つ不自然さを見つけると、芋づる方式に何もかもが違和感を感じる。そもそも何故
義姫がを外に出そうとしなかったのか。政宗自身は後から小十郎に聞いたことだが、
を戦場に連れて行くときも一悶着あったらしい。
---------城から出したらいけない、のか?だとすれば何故・・・
と、そこまで考えて、政宗は頭を振るった。全ては憶測の域をでない。ただの考えすぎかもしれない。
実は今回、を連れ出すにあたって、義姫には了承の意を取らなかった。いや、むしろ
小十郎にしか出かけることは伝えていない。成実に言おうと一応は思ったが、前の
戦場のときから妙にに対して刺々しいのだ。ここで伝えると、また昔のように
成実の眼が負の感情に侵食されてしまうような気がして。政宗が怖がっていた全てを
憎み、排除しようとしていたあの頃のような眼は、もう。
「政宗様?疲れたんですか?」
知らぬ間に溜め息でも吐いていたのか、が困ったような顔をして政宗を覗き込んだ。
いつの間に自分の隣にいたのだろう。考え事をしていて全く気付かなかった。
眉を下げて尋ねるに「違う」と答えるために口を開こうとすると、ふいに額に
柔らかな感触がする。政宗よりも少し温度の低い手が額に触れていて、思わず驚いて固まった。
「・・・・熱ありませんけど・・・仕事のしすぎじゃないですか?」
「あ・・・・・ああ、いや、大丈夫だ。no problem」
ジョーカーに教えてもらった異国語を何度も繰り返し、はようやく手のひらを
下ろした。背伸びをやめ、再び数歩後ろの位置に下がる。
「・・、こっちに来い」
と、政宗は自分の隣を指差した。先ほどから疑問だったが、どうしては後ろの控えるのだろう。
小十郎がここにいれば、その心構えは下女として必要なことだと絶対に言うだろうが、
今は政宗だけだ。周りには政宗の素性もを知らない町人ばかり。だが、はその政宗の
言葉に横に首を振った。
「いえ、あの。恐れ多いので・・・」
「夜は一緒に寝てんのにか」
「う!!」
まさかから恐れ多い、なんて言葉が出てくるとは思わなかった。は政宗の下女になってすぐ
、人の布団に入り込むという暴挙を繰り広げてきたし、あの時も確か「貴方の命令は聞かない」
と言っていた気がする。何を今更、と呆れた目でを見下ろした。
「Ah...それに、普通の町人が仕えてるみたいに控えるのは俺が普通の町人じゃないとばれるだろうが」
ついでに「政宗呼びも駄目だ」と、政宗は言う。
「・・・分かりました。じゃあ竜さんで」
「どっかのヤクザみたいな名前だな」
「駄目ですか?一応独眼竜と掛けてみたんですけど」
藤次郎とか政宗の名に因んだものにすればいいのにと思わないでもなかったが、とりあえず
政宗は了承の意で頷く。ついでに、とでも言うように隣に並んだの手を取ると、
ゆっくりと足を踏み出した。
「本当は、後ろに控えるのが落ち着くんですよね」
「落ち着く?」
「もう長年の癖といいますか」
何かを懐古するかのような表情で、は右手を口元にやった。
その言葉に、政宗はまた違和感を感じた。長年と言うにはは四年ほどしか政宗と
一緒にはいなかったから、どこかで下女の経験でもあったのだろうか。普通はそんなことはないのだが。
はそれを言いたいだけだったのか、それきり口を閉じる。
「そういえば、これからどこに行くんだ?」
「え・・うっと、とりあえず仙台領ではない城下町とか、村とか、ですかね」
「OK」
ふ、と了解したとでも言うように笑う。それを偶然視界に入れたは、ぽかんと
口を開き、ついで心臓のあたりの着物を握り締めた。何故だか心臓がきゅんとした。
「どうした」
「えええ!?いや、なんでもないです!」
ふるふると必死に首を振り、政宗を誤魔化す。
(あれ、わたしどうしたんだろ・・・)
自分自身の感情に首を傾げながら、心臓に違和感を感じたあたりを擦る。
「そういえば、」
と誤魔化されてくれた政宗が口を開いた。
「何ですか?」
「いや、そういえばが誰を探したいのか聞いてねえな、と思っただけだ」
きょとり。その言葉に政宗を見上げれば、どこか言いづらそうにしている。
そういえば言ってなかっただろうか。いや、
(言いたく、なかった?)
一瞬頭をもたげた可能性を瞬時に否定する。そんなはずはない。いつか言おうと-------
思って、いた。
でも、いつか伝えようとしたことがこの日とは思わないようにしていたのだけれど。
<2009.5.21>
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