世界崩落音-W
「-----------なに、薬?」
怪訝な表情で尋ねてくる小十郎に、誰も聞いていないとは思いつつも、声を潜めて
「そうだ」と返事を返す。四年前から比べて、政宗に刺客が送られたりすることは全く
と言っていいほどなくなったが、最近妙にきな臭い。用心しておくに越したことはないだろう、
と成実は思う。
「姉上が・・」
まさか、というように小十郎は言葉を吐き出した。ごつごつした武人の手を皺の寄った
眉間に宛がい、何重にも刻まれた皺を揉む。
小十郎がこんなにも考え込んでいるのは、成実からある情報がリークされたからであった。
それは、政宗たちが帰ってくる数日前、喜多が藪医者からある薬を受け取っていたというもの。
そしてそれは人間が口に含めば、身体に影響の出てくるものであるらしい。
その様子を草が目撃し、成実に告げたというのだ。
その薬を買ったのが、例えば喜多以外の女中なら、ここまで悩むことはないかもしれない。
政宗や成実や小十郎の采配で何とかできるのだから。しかし、薬を受け取った人間は、
小十郎の姉である喜多。それも、あの「義姫」の直属の女中なのである。十中八九、
義姫が何かを企んで喜多に買わせたのだろうということは容易に想像がついた。
しかも義姫は、政宗を邪険にしている。四年前の刺客事件もあったことだし、安易に構えている
だけではいられないだろう。だが、これを政宗に伝えるのは躊躇っていた。
「これで分かっただろ、ちゃんは義姫様の「子飼い」の人間だよ」
「・・・・・・・・」
「政宗を暗殺しようとしているんだ」
成実は唇を噛み締めた。ああ、早くあの少女を政宗から引き離していればよかった。そうすれば、
政宗はあんなにもに執着することなどなかったはずなのだ。初陣を済ませたあの夜、
に縋りついて泣いている政宗をふと思い出し、どうしてあの時に何とかしていなかったのかと悔やまれた。
唇を噛み締めながら、ぶるぶると握った拳を震えさせる成実を見下ろし、小十郎は
どうにもできない微妙な気持ちを抱いていた。姉の喜多が薬を受け取ったことが事実だとして、
何故その薬を使って暗殺しようとするのがであるのか。実際に薬を受け取ったところは見ていないのだから、
が義姫の「子飼い」の女中でも、暗殺など考えていないのではないか。出身地や属性など、
謎が多い少女ではあるが、成実ほどの疑念を抱いていない小十郎は率直にそう告げた。
「・・・考えすぎじゃあねえのか」
「考えすぎ・・・?小十郎は、喜多のことを知らないから、そんなことが言えるんだろ」
「どういう意味だ」
「喜多が義姫様にどういう扱いを受けているのか、知らないだろ!!」
突然の大声に、小十郎は顔を顰める。その顔で、興奮して声のボリュームが大きくなってし
まっていたことに気づき、成実は手のひらで口元を覆う。
きな臭いし、誰が聞いているのか分からないからと自分で言ったはずなのに、つい逆上してしまった。
とりあえず落ち着こうと深呼吸を繰り返し、元の位置に腰を下ろす。
「’扱い’って、どういうことだ」
「・・・・っ、・・・」
「成実」
------------知っているのは、あの人が、弱みを握っていること。自分が突き放して絶望だけを与えた
隻眼の息子に、更なる絶望だけを与えようとしていること。
だから、「小十郎」の姉の喜多がその身を捧げた。「」を使って、暗殺を仕掛けようとしている。
だってそれは、政宗の身近にいる人間の方が、「都合がいいから」で。
「・・・・わるい、何でもないんだ」
忘れてくれ、と成実は小さく呟いた。ふるふると首を横に振るその姿はなんとも弱弱しい。
こんな姿を見せられては、追求することもできないではないかと、小十郎は内心毒づく。
自分は、何を知らないのだろうか。反対に言えば、成実は何を知っているのだろうか。
自分は、姉のことすらも満足に知れていないのか、と。
「早く、何とかしなければ」
-----------------伊達家はおかしくなってしまう。
◆ ◆ ◆
(とうとう、明日か)
三日間の猶予は、思ったよりも短かったなと思う。覚悟は決めたけれど、その後の義姫の
行動が怖い。これ以上悪化することがないといいのだが、という不安を胸に、は
洗濯を取り込んだ。
「」
は、と後ろを振り向く。そこにはいつもの綺麗な顔を暗くして、佇んでいる喜多の姿が在った。
気配がまったくなかった。が考え事に夢中だったからと言って、気配を悟れなかったのは
痛い。
「何ですか?」
「、---------------逃げてもいいのよ」
「え」
喜多は口元を歪めて、そう告げた。何を言っているのだろう、この人は。昨日は助けに
応じてくれなかったのに。「逃げることは許されない」と、義姫は言っていたのに。
そもそも。
「喜多さん、わたしは、逃げません。決めたんです」
そう、もう決めたのだ。薬のある懐に手を伸ばし、触れる。
心臓が、跳ねた。
「そう。・・・・・・では、これを政宗様に」
「・・・手紙、ですか?」
「ええ」
喜多には、がどのような決断を下したのかは分からない。今回の場合は、喜多と違って
自分の身を犠牲にすることはないのだから。政宗を傷つけるか、義姫の手を振り払うか。
どちらにしろ、はこの伊達家には居られなくなるだろう。今までの義姫が拾った
部下はそうして居なくなったのだ。
は喜多の考えにも気づかず、そっと渡された手紙を受け取り、首を傾げた。
何故このような時期に政宗に手紙を渡すのだろうか。不思議には思ったが、喜多から「義姫様からよ」
といわれれば、自分には拒否権は与えられてはいない。薬と同じように懐に仕舞い込んで、
喜多に告げた。
「分かりました、政宗様に渡しておきます」
「ええ。・・、亥の刻に来なさい」
「・・・・・・・・はい、」
すべては明日の亥の刻に、決まる。
何故だか無性に、
政宗に会いたいと、思った。
◆ ◆ ◆
「のことで話がある」
から受け取った手紙には、達筆な字でそう記されていた。義姫から手紙を貰うなんて初めてではないだろうか。
それに、呼ばれるのも。また何かを言われるのだろうかという不安と、何かを期待する心
が相まって、落ち着かない。
「--------亥の刻、に来い」
には、
--------------------内密に。
<2009.9.2>
成実→ジャニ顔
政宗→肉食系美人
小十郎→強面美麗
綱元→インテリ系美人
こんな感じのイメージ。
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