世界崩落音-Y
政宗は部屋を出ると、すでに誰もいない炊事場へと向った。早くの口を
濯いでやらなければならない。をとりあえず井戸近くに待機させ、
政宗は器を手に取るとまたの元へ向かう。早く、と気持ちが焦って、思わず早足になる。
何であんなこと。
毒殺とはどういうことだ、と思う政宗は、いまだ状況の把握ができていなかった。
義姫もも、政宗には何の説明もしなかったし、ましてやは’政宗を毒殺するはずの
薬を飲み干してしまった’のだ。あの行動には部屋にいた誰しもが呆然としていたが、
のあの行動は、きっとなりに何かを考えた故の結論だろうから。その「何か」
を猛烈に知りたかった。
「ほら、」
ようやくのことで井戸まで辿り着くと、は政宗の気も知らずうつらうつらと舟をこいでいた。
ぺち、と軽く頬を叩いて起こし、井戸の水が入った器を差し出す。「これなんですか?」
と言うように、の頭がこてん、と横に倒された。
「口、漱いどけ。薬がまだ口ん中に残ってるだろうが」
「あ、はい」
器を受け取ったは恐る恐る舌を伸ばすと、水を舐める。助かった、平気な顔はしていたが、
存外薬は苦かったのだ。水を口に含み、口内を洗浄する。ざらり、という感触が
舌に纏わり付いた。
そろそろいいだろうか、と思いながら最後の一口を口の中に入れると、先ほどから黙って
の様子を見ていた政宗の指が、口の中に捻じ込まれた。
「ふ、・・!?」
「ちゃんと漱げっつたろ、」
人差し指と、中指が口内で無遠慮に動き回る。人差し指が上あごを撫で、ざらざらとした
薬の感触を拭き取っていく。「ん、っく」舌や歯茎、顎を優しく擦るその指は、
何故だか重ねた身体をも思い出させたりして。ぞわり。衝動が、背筋を走り抜ける。
「ふ、ぅ、・・・・っ、ぅ」
生理的な涙が目に滲んだ。口内を動き回る指に翻弄されて、呼吸さえもままならないは、
何かを訴えるかのように政宗を見上げる。
「・・・・・っ、だから、んな眼で見んじゃねぇ・・」
(滅茶苦茶に抱きたく、なる)
政宗は低く唸った後、ようやく指を抜いた。これ以上の行為はも苦しめるし、
何より自分の理性がもちそうに無い。薬の付着した指を洗い後ろを振り向くと、
は再び目を瞑っていた。
「、眠いのか?」
「・・・・・う?・・・・ね、むい、です」
そう答えるは、もはや既に目蓋すら開いていない。疲れている所為もあるだろうが、
これは恐らく薬の副作用だ。今日は夜も遅いため、明日の朝医者を呼ぶことにして、
早く寝かせてやろう。ゆっくりと抱き上げ、部屋に向う。政宗が今回の真相を知ることになるのは、
明日以降になりそうだ。
◆ ◆ ◆
次の朝、政宗は普段より早く起きると、小十郎に事情を告げた。小十郎は驚きに目を瞠り、
すぐに医者を手配してくれたが、は朝になっても目覚めなかった。苦しそうに
唸りを上げ、額には玉のような汗がふつふつと湧き出ている。医者によれば、
今は体内で薬と戦っているのだろう、ということ。またそのために、熱に浮かされている
らしいということも、聞いた。
「、」
----------返事は、ない。朝から何度も何度も名を呼びかけてみたが、苦しそうに
浅い息を漏らすだけだった。小十郎に聞けば、が飲み込んだ薬はかなりの劇薬らしい。
死ぬ確率は恐らく低いだろうが、何らかの後遺症は残るだろう。
「・・・・」
このようなことになる前に、喜多のことについて告げておけばよかったと、小十郎に
謝られた。一瞬訳が分からなかったが、よくよく聞けば、前から喜多や義姫に怪しい動
きがあったらしい。成実は「が政宗を毒殺しようとしている」と言い、しかし
小十郎はを信用していたし、何よりも確証の無いことを告げるのは避けたかったのだ、
と。
恐らく、政宗だけが知らなかったのだろう。それに気づかなかった自分に呆れて
眉根を寄せると、小十郎は何を勘違いしたのかいきなり土下座をかまし、「切腹する」
等と宣言したのだ。それはもちろん全力で止めた。悪いのは何も小十郎だけではない。
政宗だって水面下の動きに気がつかなかったし、も何も言わなかったのだ。責められるのは、
一人だけではない。
「早く起きろ、馬鹿」
の小さな手を、握る。熱いのか手のひらはしっとりと汗で湿っていたが、全く気にはならなかった。
生きて、今一生懸命戦っている。どうか頑張ってくれよ、と願いながら、手の甲に
唇を落とした。
「政宗様」
「・・・どうした」
「・・・・その、義姫様が、呼んでおられます」
「母上が?」
予想もしていなかった名前に、内心驚く。昨日の今日だ。どんな内容で政宗を呼びつけたのかは知らないが、
今義姫に会えば、自分は間違いなく義姫を罵るだろう。簡単に理性が無くなってしまって、
汚い言葉を吐いてしまうかもしれなかった。基本的に義姫の命令は絶対だが、今は遠慮したい。
「・・の目が覚めたら、向かいますと伝えておいてくれ」
「よろしいので?」
「ああ、構わない。今は、に付いていてやりたい」
「御意に」
す、と小十郎は頭を下げると、再びを心配そうに見遣る政宗を置いて部屋から出た。
向うは義姫の部屋。いつも通りの表情で廊下を歩きながら、小十郎はふと考えた。
政宗が義姫の命令を後回しにするなんてことは、初めてなんじゃないかと。
母親に拒絶され、罵倒されながら、それでもその目に自分を映してもらえるだけで
政宗は嬉しそうだった。罵倒されることよりも、存在を否定されることが一番悲しいと言うことを
知っていたから。嘲りでも憐憫でも、政宗を見てくれるだけで、幸せだったのだ。
そんな政宗が、義姫から与えられる小さな幸せよりも、を選んだと言うこと。
それは、小十郎にとってかなりの衝撃だった。どちらにせよ、いい方向に向っている。
ただ、皮肉にも「」という犠牲が出てからの結果だったが。
早く、目がさめればいい。そうして、政宗を安心させてやってほしい。
それだけが、小十郎の願いだった。
<2009.10.3>
あれ、15禁にするつもり、なかったのに。どこで間違えた\(^0^)/
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