閑話







「喜多はさ、」


 あの毒事件から数日経った頃。妙にさっぱりとした顔の成実がを訪れた。 頼りげない手つきながらも、洗濯物を干しているにぎょっと目を見開き、 恐る恐る「大丈夫なの?」と尋ねたのだ。


「ええ、まあ。使いづらいですが日常生活に支障はありませんよ」


で、と訪問の理由を聞けば、成実は縁側に腰掛け、先程の名を呟いたのだった。


「喜多もさ、小十郎を守るためだったらしいよ、最初は」



 はて、何の話であろうか。一瞬にして思考を巡らせる。


「喜多が今回の件に与していた理由だよ」



 元々、いや、昔。喜多や小十郎が伊達家に奉公に来た頃は、義姫はあんな風ではなかった。 確かに、我の強い部分はあったが、実の息子を拒絶し、虐げるほどの人物ではなかったらしい。



 けれども十年ほど前に、義姫は変わってしまった。 文字通り、急変したのだ。あの当時は、政宗だけでなくすべての人間を憎んでいたような眼をしていた。 そして丁度その頃、政宗の病気で、義姫は他の人間と同じく拒絶した。 「離れ」という箱庭に、政宗の住居を移し、目に触れぬようにしたのだ。



------------そうしてしばらく経った頃、義姫は小十郎を使って政宗暗殺を 企てた。




「え、」
「そう、今回のちゃんと同じだね。
ちゃん然り、小十郎然り、政宗に近い人間の方が都合が良かったんだと、思う。 暗殺するにしても、傷つけるにしても」


初めて聞いた事実だった。驚きを露わにしてみれば、後ろで頷く気配。



「小十郎は知らないよ。自分が巻き込まれそうだったなんて。
喜多が、自分を犠牲にして義姫様の手から守ったんだ」


 喜多がその身体を捧げ、言うことを聞き、義姫に与する。 最初は牢獄のようだったと、言っていた。


無遠慮に身体を弄る(まさぐる)手に、嫌悪感を抱かなかったわけが無い。 だけれど拒絶してしまえばそれまでで、己の弟とその主に手が伸びてしまう。それだけは、 阻止せねばならなかった。


「でもそのうちに、義姫様を可哀想な人だって、思ったんだって」
「・・・・・」
「いつも傍にいるうちに、情が移ってしまった。
小十郎の件をなしにしても、『裏切れ』なくなった」


膝を立て、顔を埋める成実。さく、さく。雪を踏みしめながら、一歩一歩近づいていく。


「・・悔しいのですか?」



の声にピクリと反応し、「うん」と呟いた。


「喜多が、ずっと好きだったんだ。あんな風に綺麗に笑う喜多が、いつの間にか 暗い笑みをするようになって。俺を、拒否するようになった原因を、好きになるなんて 許せないと思った」


 喜多、喜多、喜多。笑って。好きだよ、俺だけに笑ってよ。俺のものに、なってよ。

 義姫が許せないと思った。あの雪のような肌に触れる権利を持つ女を、いつしか憎んだ。 それに、政宗。たった一人のお殿様を、虐げた彼女を、罵ってやりたかった。


「だからちゃんも嫌いだったよ。あの人の部下で、政宗も盗ったから」
「それは・・」
「うん、分かってる。理不尽なんだ、こんなの」


 子供のような執着だと、自分でも分かっている。だけれど、二人が好きだから、 暗い顔はして欲しくなかった。義姫の事を聞いた今でも、彼女を許せるかどうかは別だ。 彼女はそれだけのことをしてきた。政宗や喜多を傷つけたのだ。


 でも、政宗や喜多が許そうと努力をしているのに、自分だけが突っ張っているのは 可笑しい。許す努力をせずに、触れる努力をせずに生きるのは、少し違うと思った。


  のことを嫌いではなくなったわけだが、かといって好きだというのも唐突過ぎる。 そう正直に伝えると、


「いつか、好きになってくれると嬉しいです」


と、小さく微笑んだ。



 うん。いつの日か、みんなで心の底から笑い会える日が来るといい。 政宗と、小十郎と、喜多と、と、義姫と、成実で。ああ、あんなこともあったねって。
 喜多と政宗が、こちらに歩いてくるのが見えた。足音に反応した成実は顔を上げ、 政宗によく似た眼を細めて、柔らかく笑う。ひどく満ち足りた顔をしていた。


「成実さん、幸せですか?」


思わず口から出た言葉に振り向いた成実は、こくりと頷く。



「幸せだよ、俺。------------しあわせだ」


(だって喜多が俺のものになった)








<2009.10.24>





成実くんは黒い、と思う。ようやくくっついたぜ、成実君と喜多さん。正直主人公と 政宗より好きなカップルだ←
成実君は黒くて、大人だけど誰よりも子供な面を持っている感じ。冷徹。理不尽。 病んでる。