達筆な文字で記された手紙に、は視線を滑らせた。政宗たちは、甲斐の国相手に
順調に勝ち駒を進めているらしい。とりあえず怪我はしていないようで、ほ、と
安堵の息を吐く。
文中、そちらは大丈夫かと尋ねる記述があった。城にいると違って、生死の境目にいる
政宗にそれを聞かれるのはなんだか微妙な気がしたが、相変わらず優しいところは変わっていない。
頬を弛めながら、元気ですよと呟いた。
政宗が戦に出てからもう幾月が経ったであろうか。忙しいだろうに、が寂しくないようにと
政宗は戦の合間を縫って手紙を書いてくる。の持ち物を入れる箱の中には、政宗からの
手紙がいっぱいだ。けれども、が返事を返せたのは唯の一つも無い。
政宗もそれを分かっているのか、返事を要求したりはせず、ただ現状を報告するような
手紙を送ってくる。
嬉しいのだ、とても。いつも傍にあった政宗が居ないということは、どんなに寂しいか。
再び見える日をどんなに心待ちにしているか。素直な気持ちを吐露して、政宗に
今すぐ伝えたかった。けれど。小さく震える右手に、視線を落とす。
---------------相も変わらず、自分の右手は動こうとはしないのだ。
大切なその一言が言えない-U
目の前には、いつぞやの紅い鎧の男。二つの槍を両手に持ち、仁王立ちで立ちはだかっている。
「独眼竜、伊達政宗殿とお見受けする!某は真田源次郎幸村!ここから先は一歩も通さぬ!!」
「へえ・・・・」
自分の名前も、たいそう有名になったものだ。ぺろりと上唇を舐め、政宗は小さく笑う。
「真田って言ったか?悪りぃがなあ、こっちには城で寂しがってるhoneyが待ってるんだよ。
--------力づくでも、通してもらうぜ。」
気をつけてくださいね、と不安げに瞳を揺らしていたあの少女の下に、一刻も早く帰らなければ。
寂しいのはだけではない。自分だって、あの少女が恋しくてたまらないのだ。
この戦が終われば、に伝えることもある。それに--------あの痩躯に触れなければ、
気が狂いそうだった。
ふと、あることを思い出した。何ヶ月か前に、甲斐の国に足を踏み入れたとき。
と、真田と、もう一人の緑の男を茶屋で見た。緑の男の手がに触れたこと、
政宗は完全に忘れていたわけではない。
「さっさとアンタを倒して、もう一人ボコりたい奴が居んだよ」
青い光。ばちばちと、刀が雷を帯びる。とりあえず、あの緑の男には問答無用で
hell dragon喰らわせてやる。政宗は刀を握る手に力をこめると、右足を踏み出した。
向うは、赤の炎を槍に灯らせた男。
炎なんて、今の政宗にはますますやる気を出させる要素でしかない。紅麗。の大好きな、
紅麗。真田と同じように、炎を扱う男。
(-----------むかつく)
ぎりり、と奥歯を噛み締める。刀を振り下ろせれば、真田の槍がそれを防ぐ。「チ、」
刃の拮抗する音。紅と蒼の火花。
戦いは、依然終わりそうには無かった。
◆ ◆ ◆
ああ可笑しい。可笑しくてたまらない。逃げても無駄だというのに、あの市とか言う女は
、己がこの身体の主と取って代わると、途端にその身を隠すのだ。今も己の邪悪な
気配を感じ取ったのだろう。己と同じ闇を持っているくせに、と口元を歪める。
しかし、それもイラつかせるほどではない。この身体は若いし、何より力を持っている。
前の身体にはなかった、確かな力が。あの出来損ないの炎の力は、忌々しいあの男共
に消されてしまったから、この男の身体と己の精神の反発など---------微々たるものだった。
「この奥か・・・」
この先は、城の奥にある小さな蔵のみ。蔵の中にいる市を怯えさせるために、
わざと足音を立てて近寄る。ざりざり、ざりざり。扉に手をかけた。力を入れると
すぐに血管の浮きでるこの男の手は、前の身体の太い指やごつい手とは大違いだ。
この男が武器を持つ手でも、中身の醜さが違うと神は容姿すら贔屓するらしい。
(いや、神など信じていないが)
ギギ、と扉が開く。外の光が漏れ、蔵の中で縮こまる市の姿が見える。
口端は、知らず吊りあがる。
「見ィツケたァ」
--------恐怖に支配される女の顔は、やはり時空が変わろうとも、美しいと思った。
<2009.11.18>
主人公がいなければ、途端にヘタレさがなくなる政宗様(19)。は、はにぃ、だと・・・!?
あ、あとこの章も長くなりそうな予感が、します。すいません。
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