「皆さん、お元気で!」


 森光蘭と海魔を無事倒し、紅麗と小金井はすでに、時空流離を使って去って行ってしまった。 己も早く追いかけなければ。血の繋がった兄である、烈火が、の名前を呼ぶ。 母である陽炎が、涙を流す。


 ごめんなさい。あなたたちには、わたしは何もできなかった。したことと言えば、 武器を向けたことだけだ。もっと早く会いたかった。そうすれば--------いや、 もう済んだことなのだ。わたしは、紅麗様と生きていくと決めたのだから。


 風子さんも、土門さんも、水鏡さんも、お元気で。柳さん、烈火さんと、お幸せに。


さよなら、世界。





 懐かしい、と思った。引きずられた暗闇は、まるであの時潜った時空流離みたいで、 芋ずる式にあの日を思い出す。そうか、あれはもう5年も前なのだ。
 つん、と埃っぽい匂いが鼻腔をつく。ここはどこなのだろうか。ゆっくりと目蓋を持ち上げてみれば、 辺り一面には石畳。昔、義姫に閉じ込められていた牢屋みたいだな、と思った。しかし、 あながち間違いではないのかもしれない。の両腕は、鎖に繋がれて逃げ出すことができないように なっていたのだから。


「起きたの?」
「っ・・・!」


 女の声が暗闇に響く。気配が無かったから、油断していた。内心冷や汗を垂らしながら、 女がいるほうへ眼を向ける。今まで、見たことも無い女だった。


「誰、」


 恐らくをこの場所に引きずり込んだ犯人は、目の前の女だ。 何のために、自分をこんなところに閉じ込めているのか。ご丁寧に、腕どころか 指まで拘束して、火竜の名前を書かせないようにしている。 まるでの中に火竜がいることを知っているようだ。それは何故か。 は、この世界の人間に火竜の存在を告げたことなどただの一度も無いというのに。


 米神を、冷や汗が伝う。胸に武器を抱いた女から悟られぬように、右足で地面に 『崩』の文字を綴る。かつん。かつん。石畳を、靴底が叩く音。女は、に近づいてくる。


「助けて欲しいの」
「え、・・・」
「だから、呼んだの」


 紅く熟れた女の唇から、言葉が発せられる。近づいた女の容貌は、がはっとするほど 美しかった。


「長政様を、助けて」


----------何故、わたしがその「長政様」を助けなければならないのか。
 つい、と眉尻を上げる。勝手にこんな所へ連れて来られて、己の知らぬ人間を 助けろ、だなんて無茶な話だ。そこまでは、義理堅くも博愛主義でもない。 そう言って断ると、火竜を発動しようとした。


「蝕まれてるの。長政様の、精神が。身体が」
「・・・・誰に?」
「-----------------森、光蘭」


「え、」



 嘘。冗談でしょ?
 だってその名前の男は確かに、あの日あの場所で、殺したはずだったのだ。




大切なその一言が言えない-W








「・・・お、」


 ゆるゆると頭上を旋回し、それは政宗の肩にとまる。政宗の髪の色より少し濃い 茶色の梟は、遠く離れた人物に書簡を出すときに役に立つので重宝している。 足には紙と箱が括りつけられていて、ようやくか、と口元を弛める。


「thank you.いい子だ」


 頭を撫でてやれば、気持ちよさそうに眼を細める。その姿が、まるでのようだと思った。可愛いやつめ。 梟の足から紙と箱を取ってやると、荷が降りて身体が軽くなったのか嬉しそうに鳴いて 空に再び飛び立つ。それを見送った後、箱を壊さないように優しく開けると、 中には銀色に輝く二つの物体。政宗が、ある男に頼んでおいたものだ。


「政宗殿、それは何でござるか?」


 きょとんと不思議そうにこちらを見つめてくる男は、今回の戦の相手であった 真田幸村。そう、戦は終わったのだ。それも、伊達の勝利で。だけれど、甲斐の国を 伊達の領地にしたわけではない。今まで甲斐を治めてきたのは、他ならぬ武田信玄側だ。 彼らの方が、甲斐の国の治め方を知っているだろうという理由で、伊達は武田と同盟を結んだのだ。 それに、武田信玄の民や領地に対する考えは、尊敬できるものだったから、この男に任せても 問題は無いだろうと踏んだのである。


「約束のシルシ、だな」
「約束、でござるか」


 政宗からの返答に、いまいち分かったのか分かっていないのか微妙な顔付きで 真田は首を傾げる。まあ、普通は分からないだろう。この約束は、政宗ととで 結んだものだからだ。早く帰って渡したい。は、喜んで受け取ってくれるだろうか。


 次に、箱と一緒に届いた紙を見る。全部で五枚。その中に成実宛のものがあった。 恐らく差出人は喜多だろう。後で渡してやろうと思いつつ、別の手紙を開く。 母親である義姫から。それと、から手紙を貰うなんて、初めてのことではないだろうか。 恐る恐る、そして嬉しさで緊張して手が震える。中には一言。


『あいたい』


 慣れない左手で頑張ったのか、妙に歪な文字でそう記されていた。思わずにやけてしまう 口元を右手で隠す。それにしても、ただ一言だけだなんて何ともらしいと思った。 無駄に飾ろうとせずに、率直な言葉で。


(ああ。------早く、あいたい)


 からの手紙を大事に大事に折って、懐に忍ばせる。義姫からの手紙も一緒だ。 最後にもう一通の手紙を開くと、そこには眼を疑うような事実が記されていた。


「・・・・が、浅井に・・・?」







◆        ◆         ◆






 に助けを求めた女は、自分のことを「市」と名乗った。学校にあまり行かなかったでも 知っている、かの織田信長の妹らしい。火竜のことを知っているのは、もしかしたら 織田信長の妹だという所為だろうかと思った。何故なら、火影を潰したのは織田信長だから、 だ。


 今は市が蔵から出て行ってしまって、一人で残されている。すでに手の拘束は外してくれたので、逃げようと思えば逃げられたが、 市はに決してその薙刀を向けなかったし、危害を与える気は無いようだった。 それに、「長政」という人物が森光蘭に乗っ取られているという情報もやけに気になる。




「・・・・るい」


 いつの間に身体の中から出てきたのか、目の前には一番初めに屈伏させた一匹の竜。 いや、今は妖艶な雰囲気を醸し出す一人の女だ。そうして、もう一人。 白髪の翁である、虚空。このペアが一緒にいることなぞ、珍しい。軽く目を見開くと、 塁はころころと笑った。


「本当は烈神が出てこようとしてたのよ?」
「・・・・何で?」
「緊急事態だから、じゃな」


 顎髭を擦りながらそう告げる虚空曰く。


 もともと、八竜はあの日海魔と森光蘭が倒されて火影が消えた時に消滅する運命にあったらしい。 八竜とはこの世に未練を残した炎術師の姿であるから、烈火や紅麗に火影の呪縛を解いてもらって、 消えゆくはずだった。そう、はずだったのだ。ちゃんと、身体が溶ける感覚も覚えている。 しかし、消えると思っていた竜としての身体は烈火の妹であるの中に宿された。これは、由々しき事態だ。


「まだすべては終わっていないのかも知れぬ、と烈神は言っておった」
「それが、まさかあの男が生きていたことを指していた何て、分かりはしなかったけれどね」
「・・・・・・うん」


 確かに、にとっても、八竜にとっても、森光蘭が生きていたという事実は予想外だった。 海魔が生きているのかは知らぬが、どちらか片一方だけでも厄介な存在だ。



「・・・倒そう」
「そうね、と言いたい所だけれど・・・」


 と、塁にしては珍しく言葉を濁す。言いたいことは分かっている。の、手に関することだ。 自身、一人で倒すことは不可能に等しいと思っている。


「彼女は協力してくれるじゃろう。あの、市とかいう女子は」
「うん」


 虚空の言葉に頷きながら、慕っている人間が邪悪な心の持ち主に憑依されるというのは、 どういう気分なのだろうと思った。もし政宗があの男に憑依されたら、と考えると、 胸が苦しくなった。悲しいとか、そんな言葉で表されるような気分じゃない。


「-------今度こそ、どんなことをしてでも、消してやる」
「・・・ええ」
「そうじゃな」


 森光蘭を倒すために、色々な人間が何かを犠牲にしてきた。
 許さない、絶対に。そして、一生忘れない。








<2009.11.22>







チェンジの書き方を忘れました。/(^0^)\ナンテコッタイ
そして、ようやく混合っぽくなったかなあ、と。烈火知らない人には不親切設計です。 知らない方は原作を見るか、またはウィキでよろしくどーぞ。