------------風が、吹く。
夏には珍しい湿り気を含んだ風が、の髪を攫っていく。乱れる黒髪を軽く押さえながら、
久しぶりに見た空を見上げた。ずっと篭っていた蔵の、あの埃っぽい臭いに慣れてしまっていたが、
本来外とはこんなに清々しい空気が流れていたのか。生憎、曇り空であるけれど。
眼を細める。
(もうすぐね)
「・・・うん」
(今度こそ、倒すぜ)
「------------うん」
市が言うには、近くに政宗たちが来ているらしい。こちらの事情は文に認(したた)めた。
あとは、政宗たちの采配で今後の行く末が決まる。
最後の戦いまで、あと数時間。
大切なその一言が言えない-Y
「で、具体的にはどうする?」
丸々と太った身体の男が、団子に齧り付きながら尋ねる。八竜の中で唯一と言ってもいい
、防御力を誇った火竜の円(まどか)だった。森光蘭をどう倒すか、最後の詰めを話し合うために
虚空によって連れて来られた自分自身の精神の中で、は眉根を寄せる。
「できれば、浅井長政は傷つけたくない。彼は、わたしたちには全く関係の無い人間だし」
「そうさな・・・・市も、長政を傷つけずに森光蘭を倒したくて俺たちを召喚したんだろう」
腕を組みながら、唸る砕刃(さいは)に、塁は笑った。
「あたしが何とかするわ。だから心配しないで、」
「・・・・・・・うん」
「あら、あたしが信用ならないの?」
火竜である塁の戦闘能力についてはあまり心配はしていない。塁が任せろといっているのだから、
は自分に与えられた仕事にベストを尽くすだけなのだ。それは分かっている。
が言葉を躊躇う理由はその戦闘のほかにあって、それはある意味子供っぽい
駄々のようにも思えて。
目を伏せていると、正面から暖かな手のひらが頬に寄せられた。女性らしいしなやか
な手のひらは、塁独特のものだ。八竜の中にももう一人女性である崩がいるのだけれど、
彼女は女性でありながら火影当主であろうと努めた為、綺麗な手にはたくさんの肉刺が
あった。その手を見ると、いつも尊敬してしまう。
「違うの、そういうわけじゃなくて」
無表情の中から、心配そうにこちらを見つめてくる崩の手を握る。
この手が、
無くなってしまうかもしれないと、いうこと。
「あの男を倒せば、皆消えちゃうかもしれないんでしょ?それが、寂しいなって、思って」
五年前は敵だったが、今はもうすっかり八竜に馴染んでしまって、いるのが当たり前だと思っている。
特に塁は、が最初に屈伏させた火竜であり、母であり姉だった。だけれど、火竜
にとればこのまま森光蘭を倒して、そのまま消えてしまうほうが一番自然だ。もともと
今回の件が無かったら、八竜はに宿ることなく成仏していたのだ。そんなことは分かっている。
頭では分かっているのだ。
でも、と尚言い募ると、刹那はぎゃはは、と奇妙な笑い声を上げた。
「はっ!!清清するぜ!こんな餓鬼のお守りなんて---------いでででで!」
「そんなこと言わないの、刹那」
「っ!!何すんだババァ!放せよ!」
「あら〜?何か言ったかしら?」
「いってぇぇぇ!!!」
にぃっこりと綺麗な笑みを浮かべて、塁は刹那の頬を思い切り抓っている。たおやかな
色白の指が容赦なく攻撃を与える様は、少し恐ろしいと思った。しかし、八竜や
にとって見れば塁と刹那の掛け合いは日常茶飯事で、このバイオレンスなやり取りも
実はコミュニケーションなのだと知っている。
悩んでいたことも忘れてくすりと笑うと、塁は刹那を放してに向き直った。
「、アナタは倒すことだけ考えなさい。あたし達の事はまた後でいいの」
「-----------そうじゃな。さぁ、そろそろ時間じゃぞ」
「うん。行こう」
この先で、何が、待っていようとも。
こうやって、皆が笑っていられる世界が--------欲しい。
◆ ◆ ◆
ようやく、浅井の本陣に足を踏み入れた。佐助や幸村とは別れ、政宗たちは
との待ち合わせ場所に急ぐ。妙に、静かな城だ。人の気配が感じられない。
やはり、書簡に記されていた通り、城の者は全て「森光蘭」という男に殺されてしまった
のだろうか。精神を乗っ取るというのが、俄かには信じがたいが・・・。
(のことを信じてないわけじゃあねぇが・・)
そう、ただ。あまりにも非科学的なことだと思った。まあ、かといって自分たちの
特殊攻撃が科学的かと言えばそうでは無いが。
事前に教えられていた通りの裏道を通り、一つの蔵の前に立つ。木の上に、三つの気配。
政宗たちがちょうど木下で足を止めると、上から三つの人影が飛び降りてくる。
「政宗様・・・!」
「!!」
近づくと、いとも簡単に引き寄せられて、ぎゅうぎゅうとその力強い腕で抱きしめられる。
・・・・痛い。けれど、安心した。たった数ヶ月離れていただけのことなのに、身体やら力強さやら
匂いを忘れてしまっていて、懐かしさに泣きそうになる。すん、と鼻を鳴らして
政宗の首元に鼻頭を押し付ければ、その冷たさに驚いたのかくすぐったかったのか。
ビクリと身体を震わせて、政宗はを放す。
「心配した」
「・・・・はい、すみません・・」
困ったように眉を下げるに微笑して、もう一度抱きしめようと手を伸ばす。すると、
横から伸びてきた手がを浚った。塁、と見知らぬ女を見上げての唇が動く。
「、速く行きましょう」
「-----うん、そうだね。政宗様、作戦は走りながらで。小十郎様も、成実さんも」
「・・・ok」
目の前を、塁、その後ろにと政宗。次に小十郎、市、成実と続く。
「で、佐助さんたちが、浅井のほうへ?」
「ああ。で、その『森光蘭』には物理攻撃は利かないんだったな?」
「はい。一応精神体ですから」
「じゃあ、どうするわけさ」
成実の問いも最もだ。はこくりと頷くと、目の前を走る塁を指差した。
塁はちらりと後ろを一瞥し、再び前に向き直ると一心に走りだす。
「彼女が、------塁が、森光蘭の容れ物になってくれるそうです」
「・・・ですが、それだと塁さんの身体を傷つけることになりませんか?」
「大丈夫よ、片倉さん。あたしには一切攻撃が利かないから、アイツだけに
危害が与えられる」
「じゃあ、容赦なく攻撃していいってことだよ、ね。えと、・・塁さん?」
「構わないわ」
成実の言葉に塁はそれだけを告げる。
つまり、浅井長政の身体を傷つけないようにするためには、森光蘭の容れ物が別でなくては
ならない。かといって生身の人間に入れると、森光蘭と海魔の様に、精神が交じり合って
邪悪なものが出来上がってしまう。そうして、最後には生身の身体と共に滅びてしまうのだ。
それを避けるためには、火竜の塁のように生身が無いほうがいい。
あちらの世界では、森光蘭の身体が生身だったからこそ柳の攻撃で消えてしまった。
けれど、火竜という炎で身体を作った場合、傷つけられることは絶対にないし、
消えることも無い。滅びるのはただ森光蘭の精神だけというわけだ。
ふいに、塁がぴたりと止まった。目の前では、佐助たちが森光蘭に向かい合っている。
危険な時間稼ぎをさせてしまったが、作戦は森光蘭に悟られることなく伝わった。
塁の体が、目の前で形を変えていく。
「・・・・unblievable」
「なんと・・・」
「すげ・・・」
政宗たちがはっと息を呑んだ音が聞こえた。目の前に立っているのは、もはや火竜の
塁ではない。あちらの世界で最後に戦った、あの。
森光蘭と、海魔と、---------煉華(れんげ)を、合体させた身体。
「さあ、行きましょう」
<2009.12.5>
えと、攻撃の仕方に物凄く可笑しいところがありますけど・・・とりあえずどうやって
長政の身体から森光蘭を引き離すかとか。割愛します!(にっこり)←
あと、ツンツン刹那が好きな人はごめんなさい。塁だけには尻に敷かれてるっていいよね!
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