最初に走ったのは、塁が化けた男だった。佐助や幸村たちと向かい合っていた「浅井長政」
は、その男の容貌にぎょ、と目を見開く。驚くのも無理は無い。その男の身体は、
確かに滅びたはずだったのだから。
市の手が、武器を握り締めた。長政の立っている地面から、も引っ張られた黒い触手が
伸びてくる。暗く、黒く、闇を孕んだそれは長政の身体を縛り付ける。これで、長政の身体で
身動きはできまい。長政の身体を縛り続ける市が唇を噛み締めるのを横目で見つつ、
は’左手’で印を書く。
隣では、政宗たちが武器を構える音。ばちばちと激しい音をさせて放たれた蒼い稲妻は、
まっすぐに長政へと向っていく。もうすぐぎりぎりで当たってしまう、という距離まで
光が迫ったとき、僅かに反抗を見せていた長政の身体ががくりと折れる。
「円(まどか)」
キィン、と一瞬にして長政の身体の回りに光の盾が出来上がった。
「it's wonderful...」
政宗はその技に驚いた。今まで、の武器と言えば弓しか見た事がなかったのだ。
こんな、自分たちのバサラ技のような特殊な攻撃があることなど知らなかった。
召喚にしては、市のとは全く種類が違う。政宗と同じように目を見開く佐助や小十郎たちに
笑いかけ、もう一度長政が倒れた場所を見遣る。
市が駆け寄っていった。恐らく、長政は解放されて意識を失っている。あちらはもう大丈夫だろう。
あとは、塁の身体に入った----------森光蘭だけだ。
「ふ、ふふ・・はははは・・・!まんまとしてやられたな。初めからこれが目的か?」
歪んだ、男の醜い顔。身体を貸した形になっている塁は、大丈夫だろうか。塁の負担を
軽くするためにも、早くあの男を倒さなければ。
◆ ◆ ◆
「it's wonderful...」
が放った技に、隣りで主が茫然と呟いた。また、小十郎の分らぬ異国語だ。けれども、
おそらく「驚いた」とか「こいつはすげぇ」とかそんな意味だろう。小十郎自身、の技に驚いていたのだから。
しかし、なんとなくが異能の使い手である事はわかっていた。思い出すのは、数年前の
刺客事件だ。あの頃は人を手にかけることができなかった政宗と、------そして少女の。
部屋にはその二人しかいなかったはずなのに、不自然に燃え、丸焦げになっていた刺客達。
火の元はなかった。だというのに、どうして、刺客達が死んでいた?
---------答えは簡単だ。が、異能だったからというだけの話。
政宗と変わらぬ年だったあのころの少女が、どうして躊躇いもなくあんな無慈悲な殺しができたのか。
躊躇うことのできない、そんな世界で生きてきたとでもいうのだろうか。
あんな風に、優しく笑える少女が。
大切なその一言が言えない-Z
眼の前には、見覚えのある男がいた。あの世界で最後に傍にいた、血のつながった兄やその仲間、
一度しか話したことのない母、紅麗や麗のメンバーはいないにもかかわらず。誰よりも憎んだ男だけは、
そこにいた。距離にして10m。決して近くはないけれど、こちらから攻撃を仕掛ければ
確実にあたる距離だ。
----------躊躇うことは、なかった。
いまなら、あの男には守ってくれる人間はどこにもいない。煉華も、しんだ。未だぎこちなさの残る左手で
、名前をつづり始める。離れた場所で、男がにやり、と顔を歪めたのが分かった。この場所から、
顔の些細な表情なんて見えるはずがないのに。なぜか、奇妙な笑みを浮かべたのが、はっきりと見えた。
◆ ◆ ◆
どくん、と心臓がはねた。そう思ったら、今度は胸が熱くなる。未だ気を失ったままの長政を右手で支え、
もう片方の手で胸のあたりを押さえる。正確には、あるものが仕舞われている場所へ。懐へ手を忍ばせると、
驚いたことに”それ”は熱を持っていた。
忘れたことなどないあの日。照れた長政が、市に押しつけるようにしてくれた、白百合。
市はその一枚の花弁を取り、(異国のものを売っていた行商人から買った)ロケットに入れて大切に保管しておいたのだ。
それが、その花弁が、熱を持っている。
(どうして・・・?)
長政は未だ目を覚まさず。近くでは、と森光蘭が対峙している。
--------どくん、とまた心臓がはねた。白磁のたおやかな手が、知らず、ゆっくりと、しかし確実に
---------武器へ伸びようとしていた。
<2010.3.2>
しばらく放置していたので、どうやって書けばいいのかわかりませんorz
長くなりそうな章だ・・・・
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