なぜだろう。何故だか、いやな予感がする。どうしてだろうか。あとは森光蘭を倒すだけだというのに。 どうしてこんなに笑っていられる?余裕でいられる?なぜ、なぜ、どうして?



わけのわからぬ不安に、押しつぶされそうで。



「さぁ、戦えるかぁ?


---------こいつら相手に。




 そう言って出現したのは、見覚えのある顔・顔・顔。いずれも、あの世界で失ったはずの、人たち。 どうして、なんで、ここに・・・!?体が震えて、眼の前の男が直視できない。
だんだんと近づいてくる強靭な肉体の持ち主は、を見ればいつも優しく笑ってくれた 彼ではない。まるで敵を見るがごとく、主である紅麗の「敵」を排除するような表情で、を見つめる。


 確かに死んだはずの、男はに近づいてくると、その大きくて無骨な拳を振り上げ。 「じ、しょ・・・・」男の名前を名前を呟くと、何故だか泣きそうになった。「っ!!!!」







大切なその一言が言えない-[








 がしゃん、と刀の音が聞こえた。反射で瞑っていた眼を恐る恐る開けると、を庇うように 政宗が磁生と対峙している。「ま、さむねさま」訳がわからない。磁生は死んだはずで、いや、 殺されたはずで。こちらの世界に来る前に、柔らかな笑顔で成仏していくのを、は確かに見たのだった。 だというのに、政宗を刀を力づくで押し返そうとする磁生の手は、幽霊でも何でもなく、 確かに実体があった。


 ただでさえ、磁生の体躯は大きい。たとえ政宗が強かろうと、小柄な政宗が力で拮抗しようなど、 無理な話だ。ずりずりと政宗の体が押され始める。「っ、くそ・・・!」しかし、避けるわけにはいかない。 後ろでは、”磁生”と呼んだ男に明らかに動揺して、冷静な判断ができなくなっているが 座り込んでいるのだ。この男とは、恐らく知り合いだ。けれども、磁生はを殺そうとしている。


 しかし、政宗には不思議に思うことがあった。磁生と呼ばれた男の手は確かにを殺そうと しているのに、眼の前の男からは殺気が感じられない。押される体に舌打ちをしながら睨みあげると、 振り上げられた足が政宗の胴を叩きつけた。



「がっ!!!!!!!」


--------------いてぇ。


 鎧を纏っているはずの政宗に、生身でここまでの攻撃を加えるとは、 なんとも恐ろしい男だ。磁生の攻撃で何メートルも吹き飛ばされた政宗は、口から滴る血を乱暴に拭った。 「政宗さま!!」ようやく眼の前の光景に正気に戻ったが、政宗のもとに駆けてくる。


・・・大丈夫なのか」
「わ、わたしより政宗さまが・・・!」
「んな、泣きそうな顔すんじゃねぇ」


 大丈夫だ。動揺しているの頭を撫でてやれば、ほっと安心した表情を見せた。 ふら付く足に力を入れ、立ち上がる。


「で、あの男は知り合いか?」
「あ、はい・・・・・・・・・でも」


 殺されたはずなのに。

 が小さく、聞き返さないと聞こえないぐらいの小さな声で、そう囁いた。 殺された?誰に?詳しいことを問い詰めたかったけれど、そんなことをしている暇はない。


「あいつと、戦えないんだろ?」
「っ、・・・!」
「俺がやるから、下がってろ」


 そう言って刀を掲げれば、が息を呑む。未だに人に刀を向けるのは苦手だ。いや、 そんなことに慣れたくはない。本当は、殺しなんてしたくない。殺す力なんていらないのだ。 大切な人を守る力がほしいだけ、だ。


「くく・・・・美しい愛情だな・・・・・・」
「森光蘭・・・!」
「言っておくが、その磁生は本物だぞ?黄泉の国から蘇らせた、な」
「なんてことを・・・!」
「絶望するにはまだ早い。磁生だけだと思うなよ、


 にやりと中身の醜さが滲み出る笑みを浮かべた森光蘭。瞬間、あたりを黒い靄が覆った。 そうして。----------政宗は眼を見開く。己が初陣で殺した、人間。守り切れなかった、 部下達。イタイイタイやめてどうして殺すの死にたくない、しにたくない・・・!


(や、めろ・・・・・)


おれは、もういちどこいつらをころすのか?
こんなの、悪          夢 だ。






◆          ◆           ◆






 黒い靄の発生源を探すと、そこには仲間のはずの市の姿があった。武器を握りしめ、 地面に突き刺している。「市・・・!」名前を呼ぶと、市はゆっくりと顔を上げた。


「う、・・・・」
「市、市!」
・・・・・か、らだが・・・・勝手に」


 掠れた声で、市は告げる。そうしている間にも、市の放つ黒い靄からは蘇った死人が 出てくる。があちらの世界で見た顔や、こちらの戦で殺した人間。それから、女。 この城で死んで逝った女なのだろうか。みな表情が暗く、目が濁りきっている。


「驚いたか?」
「市に、何をしたの」
「・・・・一種のマインドコントロールだよ。その女が持っている花弁に仕掛けを施しておいた」
「マインド、コントロール?」
「そう、『私の命令を聴くように』ってな」


 最低だ。そんな感情が表に現れていたのだろうか、森光蘭は顔を歪めると、口を開いた。


「そう、あれは誰だったかな・・・・昔会った女にも、呪を掛けたことがあったな」


 あれは傑作だった、と言いながら語られる昔話。



浅井長政の身体に乗り移る前、私は一人の青年だった。  最初は驚いたものだ。確かに、忌々しくも烈火と紅麗に殺されたはずの自分が生きているのだから。 夢か?そう疑ったけれど、自分は確かに生きている。面白い。


 そうだ、あの世界で出来なかったことを、この世界でやればいいのだ。時代が違うようだったから、 この世界には、きっと烈火も、紅麗も存在してはいまい。今こそ、世界を征服してやる。 世界を征服して、女も、金も、権力も、何もかもを手に入れてやる。


 そう誓った私は、ある日ターゲットとして出会った女に扇を渡した。桜の花が描かれた、 美しい扇。けれども、実は私の不の感情が込められた呪われた扇。何かの有事の際には、 その扇を持った女が私の駒として動くように。



 美しい女だった。疑うことを知らないような、綺麗な女だった。彼女は、私が醜い感情を持って接しているとはつゆも知らずに、 私を想っていると告げてくる。馬鹿馬鹿しい。本当に、人間とは、愚かな存在だ。 少し笑んでやれば、直ぐに騙されるのだから。


 ある日、女は眼に見えて沈んでいた。どうしたのか、と聞くと、彼女は政略結婚として 今まで敵対していたところへと嫁がなければならないのだという。「結婚などしたくない」と 彼女は泣いた。(馬鹿だ。)優しく抱きしめると、おずおずと伸びてくる折れそうな腕。


「妾は、好いてもおらぬ殿方に嫁ぎたくなど、ない・・・」
「義姫様・・・」
「いやじゃ、いやじゃ」


 本当に、優しくすればすぐに騙される女。馬鹿馬鹿しい。懐に隠していた小刀を振りかざせば、 女は絶望につき落とされたような顔をしていた。



 死んだのは、女ではなかった。私の体だった。そう仕向けたのは自分だ。私を殺して、 罪の意識に苛まれる感情で一杯になればいい。私を憎めばいい。そうやって、負の感情で 一杯になればなるほど、私のマインドコントロールが効きやすくなるからだ。それから私は 今の浅井長政の体に乗り移った。死人の怨念を具現化できる市の傍にいれば、何かと都合がいいと思ったからだ。



「さあ、何故睨む、よ。自分の目的のために誰かを利用するのは麗の得意分野だろう?」


 思い描くのは、「すまぬ」と謝罪したあの人。
「あの時どうして、あんなにも悲しみと憎しみの感情に満ちていたのかわからぬ」と、 言っていた彼女。
桜の花びらが描かれた、美しい、けれどもどこか不吉な予感のする扇をいつも手に持っていた、 女。


思い当たるのは、唯一人。


「母、上・・・」


 震える声で、彼女の名を呟く。 小十郎が、自分の名前を呼んだ。気遣うように、優しく。しかし今はそれに大丈夫だと 返事を返すほど余裕はなかった。もしも、母親である義姫を操っていたのがこの男なら。 森、光蘭だというのなら。政宗があんなにも苦しんだことも、悲しんだことも、成美の 恋も、喜多の苦悩も、姉に守られていたということを知った小十郎が後悔していたのも。

----------の、動かない右腕も。



 全部、この男のせいだと、言うのか?




 吐き気がした。森光蘭と名乗る男が憎くて、殺したいという感情に支配されて。


「貴、様ぁ・・・!」
「なんだ、独眼竜よ・・・・思い当たる節でもあったか?」
「許さねえ・・・!!!」
「はは、ならば殺してみろ、私を」



 また、死人が蘇ってくる。森光蘭を殺すには、この死人たちを再び殺さなければならない。 悪趣味だ、とは思った。優しい政宗が、人殺しを躊躇うことを知っているのだ。 ならば、今度は自分の出番だ。先程は思いもよらぬ磁生の姿に驚いてしまったが、本来自分は 戦闘集団なのだから。


 だって本当は、義姫を利用した森光蘭を殺してやりたい。小十郎だって、同じ気持ちだ。 でも、主を立てるのが部下ってものでしょう。それに、早く楽にしてあげたい。 磁生も、-------------------紅も。


 安らかにやっと眠ることができた彼女まで叩き起すなんて、最低だ。


「・・・早く、楽にしてあげるからね」


 紅、磁生。武器なんて向けたくない。でも、あんな男に使役される姿なんて、もっと見たくないから。 の手が、空をなぞり始める。小十郎や、幸村たちが武器を構えたのが見えた。










<2010.3.3>








ガチで佐助や幸村の存在を忘れていた件について\(^q^)/ もう、いいかな・・・何で彼らを登場させたのか忘れた。 幸村と佐助ファンの人すみません、彼ら空気になりそうです。