大切なその一言が言えない-T







 春。青々とした草木が鬱蒼と茂り、春告げ鳥とも呼ばれる鶯が、可愛らしく囀る季節。 ここ、仙台城にも例外なく春は訪れたが、今は別件でざわざわと騒がしい。
 独眼竜として台頭を現した政宗に、戦の知らせが舞い込んできたのである。相手は、 甲斐の虎を筆頭とした上田城城主の真田幸村。その名前に聞き覚えがあったが、 茶屋で出会った男は、武士のような雰囲気を出していなかった。嬉しそうに団子に かぶりつくその姿は、まるで子供のようだと思ったのだが。


 人は見かけによらないとは、本当らしい。(いや、そもそも鎧を着ていた時点で 自分が気がつけばよかったものを。)





 庭先で一人物思いに耽っていたを、政宗が呼び止めた。


「政宗様・・・ひと段落、ついたのですか?」
「ああ。まあ、忙しいことには変わりねぇけどな」


 ふう、と重い溜め息を吐くと、を呼び寄せて膝の上に抱える。最初のうちは 恥ずかしがって拒否していただが、最近は慣れたのか諦めたのか-------大人しく 政宗の膝に納まるようになった。ちょうど良い位置にあるの頭に顎を乗せる。


「じゃあ、眠ったらいいのに」
「お前を抱いてる方が癒されるんだよ。だから、んなこと言うな」
「・・・・・分かりました」


 その優しい手で触られるとどきどきするから、できるだけ遠慮したいのに。 低い艶のある声を耳元で囁かれては、反抗する気も失せてしまう。
 う、と唸って口を尖らせたに苦笑する。己の声に弱いことを知っているから、 を丸め込むのは至極簡単だ。だけれど、声を使わなくても、の方から 甘えてくれたらいいのに、とはいつも思う。恥ずかしがって逃げて、そういうのを 屈伏させるのも好きだけれど、この少女に限っては、自分を求めて欲しいのだ。


 右手を拾い上げて手のひらに口付けを落とすと、は吃驚したように首を竦めた。 拒否するかと思ったが、戸惑ったような目で政宗を見上げ、それきりだった。反抗しないのを いいことに、右手だけに唇を降らせる。
 ぶるぶると震える、小さな手。
 ------------の右手は、もう使い物にならない。


 先日の毒の後遺症が、右手を蝕んでいるのだ。動かない、というわけではない。 右腕から指先までが麻痺していて、常時痙攣を起こしているのだ。日常生活には、 例えば洗濯物を干したりだとか、掃除をしたりだとかは時間は掛かってしまうが やることはできる。政宗たちもフォローできるし、それほど切羽詰まってはいない。


 だが、問題は戦闘にある。の武器は、弓矢だ。些細な動きが威力や方向を 決めてしまう武器であっては、麻痺している右手は使えない。それに、政宗たちには言っていないが、 の中にいる八竜を呼び出すために書く各々の名前も、利き手が使えない状態では、 召喚すらできないのだった。
 つまり、今のに戦える術は無いと言っていい。今回の戦には、ついて行くことは出来ないのだ。



「すぐ帰ってくるさ、心配すんな」
「分かってます。分かって、るんですけど」


 不安だ。自分の知らないどこかで、政宗が死んだりしたらどうしようかと、不安で仕方ないのだ。 かといって、自分のこの状態ではただの足手まといだ。それでもついて行く、なんて あまりにも無謀すぎる。これでも麗として、血の世界を生きてきたのである。引き際ぐらいは 弁えている。


 泣きそうになってきて、は隠すように政宗の肩口に目を押し付けた。自由に動く 左手で、男の纏った着流しを握り締める。
 悔しい。怖い。
 ぐ、と唇を噛み締めて泣いてしまうのを我慢していると、無骨な手がの髪を梳きはじめる。 悲しいぐらい、優しい手で。涙腺が、緩む。だけれど、泣きはしなかった。


「気を、つけてくださいね」
「・・・・ああ」


 くぐもった声を上げるの髪を梳いてやる。は戦に行きたいようだったけれど、 政宗は少し安心したのだ。戦に行かなければ、死の確立は極端に減る。血と涙と、 殺気の残り滓。何回たっても、あの戦場は吐き気がするのだ。だから、がそんな場所に 行かないということは、どんな理由があろうとも嬉しいことだった。


 その気持ちを押し殺して、政宗はただ、髪を梳く。


「行ってらっしゃい」
「ああ。行って来る」






◆          ◆           ◆





 ある男の下に、一通の手紙が届いた。いつものように商品を売り歩いていたところに、 呼び止められて手渡されたのだ。差出人は書いていない。誰だろうかと首を傾げると、 蜂蜜色のような甘い金髪がさらりと揺れる。


「・・・・・・・ほお」



 手紙を開いて、中身を確認すると、男はにんまりと笑った。数年前に出会ったあの 泣き虫な砂利は、年月が経って男としての甲斐性が出来たらしい。
 ちょうど暇だったことだし、あの二人のために一肌脱いでやるか。キューピッド役には 向いていないかもしれないが、そんなことを気にする二人では無いだろうから。 さて、と茶屋の椅子から立ち上がる。


「お姉さん、お代はここに置いとくなー」


 店の中に声をかけると、はあい、と可愛い返事が返ってくる。往来を歩き始めながら、 男は思った。


 青春やんな、と。


 あちらの世界では色恋なんてする暇もなかったのだ。には良い機会かもしれない。 そうして、自分も早いところ落ち着こう。いつまでもふらふらと遊んでいるわけには行かないのだ。 自分も若くは無いのだから。


 浅井の背後にいる、アイツをぶちのめして。すべてを、終わらせよう。









<2009.10.25>






この章はあんまり長くはなりません。政宗様の男の見せ所。・・・ですが、 期待はしないでください←
ジョーカーさん、再登場ーは次の章です。いつものごとく、関西弁は似非です。 無理だよ^q^←