どくんどくんどくん、どく、ん
心臓が、早鐘を打つ。唇を噛みしめて、今にも遠のきそうになる意識を必死にとどめようとするけれど、
やはり巨大な一匹の火竜分のエネルギーを吸い出されていると思うと。「チ、」
傾きかけた身体に舌打ちを一つ。これはもう、自分の体力の無さ云々は関係ない。
一匹一匹の召喚ダメージに加え、火竜一匹の力を人間が補おうというのだから、
それなりの覚悟は必要だった。
頭の中が、次第に混濁し始めた。けれども、第一に考えるのはやはり、のことで。
必死に足へと力を入れ、己の力で立ち続けた。
二人で並んで許しを請おう-U
ギャオオオオ。はるか遠い場所で、火竜の咆哮が聞こえた。どうやら自分は一瞬意識が飛んでいたらしい。
いつのまにか火竜はすべて召喚されていて、一心不乱に印を書いたらしいことを
政宗の心配そうな表情から悟った。「大丈夫ですよ」その言葉とともに笑みを返せば、
くしゃりと顔を歪められる。笑顔が作れないほど疲弊しているのだろうか。確かに
体は重くて仕方がないけれど、これからの攻撃の要は、ではなく---------政宗だ。
人間の身でありながら、火竜の役目を果たさなければならない。考えるだけで途方もない負担だが、
それでもこれは政宗でなければ成し遂げられない案件だ。は正直、召喚しただけで
いっぱいいっぱいであるし、何よりこの世界の人間ではない。
森光蘭はと同じ世界の人間ではあるけれど、それは精神体だけだ。この世界で戦うためには、
この世界で生まれ育ち、なおかつ竜と同じ役目をできる人が必要になってくる。
独眼竜という通り名だから、という虚空のこじ付けなのかもしれなかった。
だけれど、は政宗が必ずやり遂げてくれる人だと信じている。それはの体の中にいた
虚空率いる火竜も同じであろう。政宗には、人を無条件で信じさせるような、カリスマ性があるのだ。
「まさむねさま、」
「ああ・・・」
の言いたいことを悟ったのか、政宗は繋いでいた手を離して、ゆっくりと武器を構えた。
政宗自身、母親のことといい、の事といい、すでに森光蘭を許す気はさらさらない。
今ここで、自分の持てる力のすべてをもって、倒す。
パリィッッ
政宗の気持ちに呼応したのか-------刀が放つ青い光が一際大きく光った。
「Are you ready?」
整った口元に浮かぶのは、勝利を確信した笑み。
おわらそう、ぜんぶ、
ぜんぶ。
始めよう、
--------せ か いを。
◆ ◆ ◆
(おわった、のか?)
政宗の放った攻撃は、火竜たちの攻撃と重なり合い、奇しくも前の世界で森光蘭が
倒れた時のように、嬲られ、消し炭になって、その存在ごと消えた。
ただ、あのときと違ったのは、森光蘭の最期の断末魔が一切聞こえずに掻き消えたこと。
本当に、すべてが終わったのだ。森光蘭が消えると同時に、無限に湧いて出てきていた
他の雑兵たちも消えていった。もちろん、紅麗の部下である磁生も、愛した女性である
紅も。綺麗で安らかな笑みを浮かべて、よく晴れた空へと消えた。
今度は、誰にも邪魔されることもなく、ゆっくりと眠ってほしいと思う。自分が
すべてをやり終えて、そちらの世界に行くまで。ゆっくりと。
短い黙祷を捧げると、紅麗はゆっくりと後ろを振り返った。
「政宗さま!!!!!!!」
「政宗殿!」
や小十郎たちが今回の戦いの最大の功労者である政宗に近寄ろうとする。紅麗と小金井は
目を見合わせると、同じく足を向けようとして--------ぐらり、と青年の体が崩れ落ちた
瞬間を目撃してしまった。空よりも青く海よりも深い蒼が、その地に体をつける瞬間、
さすが、というか部下である小十郎は主の体を掴んだ。
「政宗さま!政宗さま!しっかり!」
その呼びかけもむなしく、政宗は呻き声一つすら上げようとしない。長い髪の間から
見えた端正な顔からは血の気が一切失われていて、唇は紫色で染められていた。
もその顔色が見えたのか、召喚で体力を奪われて顔色の悪かった顔からさらに血の気が
失われていく。にまで倒れられてはいけない、と小金井が近寄り、肩を貸して声をかけた。
「、しっかりして」
「あ、あ、、ぁ、政宗さまが、」
「うん、大丈夫だよ、大丈夫だから」
実際に大丈夫なのかは小金井自身もわからない。何しろ、人間の身で火竜の力を補うという試みが
今回初めてのケースだったのだから。できるだけの視界に政宗の姿を入れないようにして、
ひたすら声をかけ続ける。
「、」
あちらの世界では小金井より小さかった背が、何やら知らぬ間に小金井の頭を越している。
しかも幼い顔つきでなくなり、ささやかではあるが大人の色香を匂わしていた。
火竜を召喚したために体力が尽きたのか、それとも政宗の姿に滅入ってしまったのか。
へたり込んだ身体を支えつつ、の頭を胸のあたりに抱きかかえる。地に着いた両膝は
くらりと眩暈のするほど白く、透けた血管が膝裏から見えていた。
--------本当にこれは、なのだろうか。
小金井の感じた体感時間からすれば、今はまだあの世界の森光蘭を倒したばかりで、
烈火や柳たちと別れの挨拶をしたはずだったのだ。自分たちと一緒に紅麗の世界へ行くと
言ったはまだ中学生で、小金井よりも小さな体躯であったし------それに、紅麗にひどく盲目的だった。
しかし、この様子はどうだ。紅麗を見て一瞬戸惑いを隠してはいなかったものの、すぐに
森光蘭に向き合った。しかも政宗とやらが倒れた今は、絶望で死んでしまいそうなほどになっている。
紅麗以外の誰かにこんなに心を傾けることなんて、あの時にはなかったことである。
小金井がどんなに望んでも、は紅麗だけを見続けていた。紅麗が世界だったはずだ。
紅麗が、紅麗だけが、 。
ぎゅ、と唇を噛みしめた。小金井の胸の中では、未だ小さな頭が小刻みに揺れている。
泣いているのだろうということは容易に窺えた。こうして見てみると、はただの
女だ。力も、矜持も、地位も、何もない。ただただ好きな人を思って泣く------------
まるで小金井の好きな、柳のようだった。
<2011.5.17>
半年もたってますねごめんなさい・・・・・・・
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