「八竜、ねえ・・・」


 そんな存在、露ほども聞いていないぞ、と。そう告げるかのように、政宗の目は語りかけてくる。 確かに今までそんな力があるのだということは、政宗を筆頭に小十郎にも、成実にも、 ましてや義姫にだって言ったことはなかった。それを、今この状況で、それも本人からではない、 虚空という第三者から告げられたものだから、政宗の機嫌が下降の一途をたどるのも 無理はない。ちろりとその隻眼で見下ろされたは、政宗に何も告げていなかったことに 、今更ながら罪悪感を覚えて。目を、伏せた。


「あー・・・」


 政宗が、のその表情に弱いことを、本人は知っているのだろうか。 どうにも歯がゆい思いをしながら、ふぅ、と息を吐く。


「わーった。分かったよ、
「え、?」
「その八竜の話も、あの磁生とやらの話も、後で全部終わってから聞く」


---------そして、紅麗らしき人物の話も。



 いいな、と念を押せば、はこくんと首を縦に振って、了承の意を示す。そして、 ほんの少し、安堵したような表情を見せた。


「で、つまり。八竜には一匹足らない。んで、独眼竜である俺に、その一匹と同等の力で補えと、 そういうことだな?」
「うむ。お主は話が早くて助かるわい」



 ほっほっほ。蓄えられた白いあごひげを擦りながら、虚空は満足げに言う。


「さて、わしはの中に戻るとするか・・・よいか、くれぐれも順番を間違えてくれるな」



 虚空は最後の最後まで召喚の順番を気にしていた。烈火のやらかしたことがよほどトラウマにでも なっていたのだろうか。いや、そんなことはどうでもいい話だ。今は、八竜を召喚することのみ考えろ。 左手を持ち上げて、最初の竜である、虚空の名を綴る。


「やるぞ」
「、はい」


 政宗はを優しげな、それでいて力強い目で見つめてくるものだから。頑張ろうと、 思うのだ。


「虚空」





 ギャアアアアアア、と。甲高く、力強い咆哮が大地に響き渡る。その大きな声に驚いたのか、 その場にいたすべての人間はぴたりと動きを止めた。いや、紅麗だけは虚空の姿を知っていたからか、 まっすぐに森光蘭を見据えたままだった。


「これが・・・火竜」


 の背後に向けられる、視線、視線、視線。からは見えないが、背後には大きな 一つ目の竜がいるのだろう。すぐ傍で息を呑んだ音が聞こえたので、政宗もその巨大な 存在に驚いていることが分かった。さて、虚空の次は。











二人で並んで許しを請おう-T








 隣りにいる女が再び文字を綴り始めたので、政宗はつないだ手に力を込めた。火竜である 虚空から、政宗の力を貸してほしいと言われたものの、具体的にどうやって森光蘭を倒すのかは 分からないままだ。そのときが来れば自ずと分かるようになる、と虚空は告げたが、 が火竜を召喚している間、傍にいて何もしないというのもなんだかあれだったので。 あの事件から痙攣を起こしたままのの右手を、その大きな手で包み込むように 握りしめる。


 幾分か距離があいて、森光蘭と向かい合っているのは「紅麗様」なのだろう。森光蘭は、 紅麗の出現にひどく驚いた様子を見せ、そして憎しみをその美しい顔に露わにしていた。 が火竜である虚空を召喚すると、森光蘭はそれが何の前兆なのか知っているようで、 手下の攻撃をすべてへと向ける。


「小十郎!!成実!!」
「はっ!」
「あいよ!」



 たったそれだけのやり取りで、小十郎や成実は、政宗の言いたいことを正確に把握し、 と政宗を守るためにその刀を振るう。己もそれに交ざって相手の攻撃力を少しでも減らしたいが、 印を書くことに集中しているをこの場に一人でおくのも忍びない。政宗が何かをせずとも、 火竜がを守るだろうということは容易に想像がつくが-------それでも。


「焔群(ほむら)」


 次の火竜の名を綴ると同時に、政宗は身体が重くなるのを感じた。ずしん。まるで 重りが身体に乗っているようだ、と。焔群と呼ばれた竜は、召喚された後すぐにその尾を 振るって、たちに近づいてきていた敵を吹き飛ばす。


「砕羽(さいは)」


 ずん。


-----------ああ、また、だ。



 が一匹一匹火竜を召喚するたび、政宗の身体はますます重たくなっていく。これは、 火竜を召喚するのに必要な体力を削られているせいなのだろうか。まだ三匹目でこの調子ならば、 八竜全てを呼び出したときのダメージはどうなるのか。それを想像しただけでぞっとする。 ふとを見遣れば、その白い頬にはいくつもの汗の線が流れていて、火竜を呼び出す 張本人の方がよほど辛いのだろうということは容易に測れた。


、」
「、ぅ、・・・」


 ふらり、との身体が軸を失ったかのように揺れて、政宗に凭れかかって来る。唯でさえ小さな 身体だ。それに烈火とは違い、性別の壁もあって、同時召喚は体力と精神力を刻々と削っていく。 けれども、八竜召喚はで無ければ成す事はできない。ならばせめて、そのダメージを 己も支えてやることができれば。それだけで、重畳。もう一度固く手を握りしめた。



「まさむねさま、」




 小さく、本当に小さな。
 囁き声が、政宗の耳に届いた。




「目を、あわせないで」





 できうることなら、目を、瞑っていて。






◆           ◆            ◆







 火竜を召喚する上で一番心配だったのは、刹那という、竜だった。烈火の火竜として 何度もその能力は見たことがある。普段は閉じてしまっている刹那の目と視線を合わすと、 一瞬にして燃やし尽くすという瞬炎能力なのだ。だからも、刹那の能力は極力使う気はなかったので、 なんだかんだいって刹那の能力を使うのは今回が初めてになる。瞬炎に燃やし尽くされないために 必要なのは、その目を見ないこと。


「刹那」



 紅麗と薫が、政宗以外の人間に目を瞑るように忠告し、何が何だかわからぬまま小十郎達は 一斉に目を瞑った。政宗は目を合わせるなと言われただけだったため、刹那の能力を すぐに把握する。確かにこれは、厄介な火竜だ。が砕羽の次の火竜を召喚するのに、 渋る理由がなんとなく分かった。森光蘭は現代で刹那の瞬炎の能力で燃やされたことを 学習しなかったのか、馬鹿正直に目を合わせてしまい、ぼ、とその若い身体が燃やされていく。


「ア、ア、アァ、ア」


 耳を塞ぎたくなるような、醜い、聞くに堪えない、喘ぎだった。顔を覆う森光蘭に照準を 定めた虚空が、今の今までため込んでいた巨大なエネルギーの塊をその口から吐き出す。 ドォン、と大きな地鳴りがして、森光蘭がいた場所にはクレーターができていた。




「円(まどか)」


 次の火竜を召喚する声に、それぞれは眼を開けて、残り少なくなっていく敵に攻撃を仕掛け始める。 先程の刹那の攻撃が効いたのか、森光蘭の意識は市から去った。自由に行動できるようになった 市は、死者の召喚を止め、長政のもとへ駆け寄る。




 あとは、現存の死者と、森光蘭のみ。




「崩(なだれ)」



 身体が重くて重くて、仕方がなかった。その身体にかかる負荷で、気を抜けばこの場にへたり込んでしまいそうなほど。 けれども未だ、己の足で立てているのは、きっと隣に政宗がいるからだ。政宗が、の ダメージを半分、背負ってくれているからだ。


 それに気付けば、・・・・・・きづいて、しまえば。




「塁」



 が屈服させた、一番初めの竜。その身は、森光蘭の精神をとらえるために使われている。 もしも政宗が自身の力を使うなら、そう。




 いま、ここなのだ。













<2010.10.1>












すすまね^p^