---------わたしの中には、もう一人の人間がいる。 いつの頃からだったかなんて、もう覚えてはいない。物心つく頃にはすでに彼はいて、 いつも一緒だった。TPOを考えず話していたものだったから、わたしは独り言をぶつぶつ呟いている 不思議な子供だったと笑いながら両親が話してくれたものだ。(そしてそれを ’不思議な子’で済ます両親こそ不思議だと思うのは間違いではないだろう) そう、彼は他の人間には見えないらしい。彼の正体がわたしが作った妄想の産物だったら、 それはそれで痛いが、幽霊のようなものなのだろうか。それを知ろうにも、彼は自分が何者であるのか 、記憶を失っていたから、やはり詮無きことである。 そうして彼此23年、が経った。相変わらずわたしの中には「かっちゃん」がいる。 「かっちゃん」というのは、彼の名前だ。本当の名前はもう少し格好良いのだけれど、 子供の頃からの呼称だ。今更名前呼びを変えるのも何となく恥ずかしい。そういえば 「かっちゃん」といえば、ある野球漫画の登場人物を思い出すのだが、それを彼に告げると、 『なら俺死ぬじゃねえか』 などと不機嫌そうに昔は言ってきたものだった。それでもまだ小学生低学年のころは 「かーちゃん、かーちゃん」と呼んでいたのだから、幾分かましってもんだろう。 『、起きろー』 突然、脳内で響く低音。その声をあえてスルーし、二度寝に入ろうとすると、 目覚ましのベルが起床時間を知らせてくる。いい加減起きろということか。 時計のスイッチを止め、そのまま起き上がるとぐ、と伸びをする。 『やっと起きたのか?オメー一発で起きろよ』 「あーはいはい」 毎度の文句を聞きながらベッドから抜け出し、カーディガンを羽織る。季節は春であるが、それでも朝は若干肌寒い。 腕を擦りながら洗面所に向かい、水で顔を洗うと、ようやく目も覚めた。顔を上げ、 洗面台の鏡を見つめる。その先には、自分ではない人間が一人映りこんでいた。 「おはよ、かっちゃん」 『おー。・・はよ』 鏡に映る彼に笑いかける。基本的に、彼とは鏡を通してでしか会うことはできない。よく小説なんかでは夢の中で 会えたりするのだが、自分たちの場合は違うらしい。原理は良く分からないが、 夢までは干渉できないのだとか。そもそも最近は疲れきっていて夢を見る状態ではないのだけれど。 顔を拭き、キッチンへ移動するとコーヒーメーカーの電源を入れた。今日は何となく洋食の 気分だ。食パンをトースターにセットし、フライパンの熱し始める。 『今日は遅いのか?』 「んー・・・職員会議がある」 『職員会議?またか?』 「そうなんだよねー。問題児が入学してきたからさあ」 焼けた食パンとサラダを机に置き、スクランブルエッグとウインナーを皿に移す。 ぴ、とテレビの電源を入れるとアナウンサーが笑顔でニュースを伝えていた。 『問題児、か・・・ただ喧嘩してただけだろ?』 「まあねぇ。けど対策しなかったらそれはそれで嫌味言われるからね、色んなとこから」 最近の職員会議は、専ら今年の一年生の素行についてだ。自分からすれば別にどうってことはないのだが、 生徒指導の先生方は妙に力を入れている。まあ、高校一年で髪を染めているのは将来的に 髪が心配になってくるが、地毛だと言っているのだからそれで置いておけばいいのにと思わないでもない。 「いい子なのにねえ。・・・・眉間に皺はよってるけど」 『・・・・・最後の一言が余計だ』 脳内で妙に重みのある溜め息が吐かれた。それに苦笑しつつ、パンをかじる。 --------だけれど、平和だ。とても。 これからも、こういう毎日が来るんだろうと思うと、思わず笑みが零れた。 『おい、早く支度しねえと遅刻するぞ』 「う、ふぁい」 何気ない毎日が、しあわせ。 生きる 息づく 居場所を求め (、鍵かけ忘れてる) (え!!?早く言ってよー!) (お前三日にいっぺんやらかしてるだろーが) |