「え?浅野くんたちが?」
「うん、明日の隣町の夏祭りに行くぞってさ」


ぱく、とわたしの作ったオムライスを口に運びながら、水色くんはそう告げた。 ふうん。わたしもコーンスープを掬い、口の中に運び入れる。熱い。コーンスープはまだ 完全に冷めていなかったようで、猫舌のわたしには耐えられず、麦茶で舌を冷やす。


水色くんは数日前にプーケット旅行から帰ってきたらしい。ずいぶん楽しんだようで、 以前は白かった肌が、今は焼けて真っ黒だ。見るだけで、風呂に入ると滲みそうだな、と 思いながらコップを置く。


さんも行かない?」
「え・・・いいよ、教師が行ったら冷めちゃうでしょ」


と、いうかこちらが居た堪れなくなる。何にって?それは、若さとか、生徒同士の絆とか、だ。 とにかく大人にはないもの。そんな中に混ざっていく勇気はわたしにはない。 そう思って断ると、水色くんは頬を膨らませる。


「そんなことないと思うけどなあ」
「あるの。・・友達と行ってきなよ。わたしと会うのはその後でもいいし」
「んー」


若いときにはちゃんと思いで作っとかなきゃ駄目だよ、といい含めると、水色くんは渋々 頷いた。それでもその顔はまだ不満げだったから、恐らく納得はしていないんだろうけど。


「じゃあ、今日泊まっていい?」
「え、」


何やら爆弾発言が聞こえた気が、す、る。ちょっと待って。よし、落ち着けわたし。 何度か深呼吸を繰り返し、ばくばくと五月蝿い心臓を落ち着かせようとする。 確かに、水色くんは自他共に認める年上キラーだけれども。何かその一線を越えたら わたし本当に犯罪者になっちゃうんじゃ・・・。


黙り込んだわたしに追い討ちをかけるように、「ダメ?」と小さな声で水色くんは呟いた。 その声に現実世界に戻ってくると、気のせいか水色くんの瞳が潤んでいるように思う。 それが決定的で、わたしは敗北宣言を出してしまった。分かってるよ、わたしはダメな大人だよ。


「いいよ」
「ほんとに?!実はそのつもりで着替え持ってきたんだよね」
「・・・・・もう好きにして・・・」



これだから子供は侮れない。純真無垢な顔をして、そのくせ打算的だ。水色くんなんかは特に、 その容姿の使い方を知っているから、余計たちが悪いのだ。






かすむ からまる かわいて響く





ピピピピ、ピピピピ


「・・・う、もう、あさ・・・?」


甲高く鳴り始める目覚まし時計の音に、わたしはようやく眼を覚ました。ベッドから手を伸ばし、 目覚まし時計のスイッチを切る。ぱちり、と違和感に瞬きを一つ。素肌にタオルケットが 触れる感触がして、寝ぼけ眼で寝返りを打つと、そこにはあどけない顔をして眠っている 水色くんがいた。


「ひ!ああああ、あ?」


えーと、えっと・・・・あ、そうか。昨日水色くんが泊まったんだ。あまりの寝起きドッキリに 冴えた頭で、ようやく昨日の出来事を思い出した。あれだ、けしからん。けしからんことをした。 つまりそういうことだ。察して欲しい。


隣の水色くんを起こさないように身体を起こし、ベッドから抜け出す。とりあえずシャワーでも浴びてこよう。 着替えを持って浴室に向かう。


(かっちゃーん)
『・・・あ?』
(おはよ、機嫌悪いね)
『それを、お前が言うのか』


心底呆れたような、若干怒っているような口調で、海燕は言った。どうやら眠っていたらしい。 昨日水色くんが来た後、わたしはかっちゃんに喋るな、見るな、聞くな、と言っておいた。 かっちゃんはわたしに憑依しているものだから、思考も読み取れてしまうし、 わたしのしていることも分かってしまう。それは不可抗力らしい。けれど、頑張って わたしとのリンクを遮断すれば、五感、思考の情報はシャットダウンできるのだ。 これはすっごく力が要るらしいし、疲労感も半端無いらしい。だけれども、 誰だって出歯亀は嫌でしょう?


かっちゃん自身もそれを分かっているのか、わたしが謝るとそれ以上は口に出さなかった。 一応はわたしのプライバシーも考えてくれているのだろう。きゅ、と蛇口を捻り、 シャワーを止める。タオルで頭を拭きながらリビングに入ろうとすると、 テレビがついている。


さん、おはよ」
「あれ、起きたんだ?」
「うん。ついさっきね」


背後の扉を空ける音に気がついた水色くんがわたしを振り返る。 へにゃ、と妙に可愛い仕草で笑う水色くんにきゅんきゅんしつつ、お風呂を勧める。


「うん、じゃ借りるね」
「はーい。タオルとか洗濯機の中に入れてていいからね」


どうせ後で回さなくちゃいけないし。頷いた水色くんは風呂場に消え、わたしは朝食を作るために 腕まくりをする。とりあえず簡単なものでいいか。しんどいし。 冷蔵庫から卵と牛乳を取り出し、ボウルに入れる。棚から取った砂糖をそのボウルの中に入れ、 軽く軽くかき混ぜると食パンを浸した。中まで染み込むようにお箸で押し込み、少し時間を置く。


その間、野菜室から出したレタスとトマト、ついでにハムを取り、適当に切って皿に並べる。 熱したフライパンにバターをひき、染み込んだパンを焼き始める。っていうか、作りながらなんだけど、 わたしはあまりフレンチトーストは好きじゃない。多分自分の料理の腕が悪いんだと思うのだけど、 いっぱい食べたら気持ち悪くなっちゃうのよね。


丁度いい感じに焼けたフレンチトーストを取り出し、水色くんの座る場所の机に置く。 自分の分も焼き始めていれば、丁度お風呂から上がったらしい水色くんが わたしに声をかけてきた。


さん、手伝うよ」
「ん?ああ、いいよ。もう終わったから」


後運ぶのは、わたしのトーストだけだ。座っているようにと水色くんに 勧め、ぴ、とIHのスイッチを切る。


「はい、できたよー。食べよっか」


水色くんの目の前に座り、手を合わせて食事の挨拶を済ませた後、少しいつもよりは遅い 食事を開始した。


「・・・美味しい?」
「美味しいよ。っていっても、さんいつもお弁当作ってくれてるでしょ」
「うーん・・・和食と洋食は味付け変わってくるから、あんまり自信ない」


そもそも料理を食べてくれるのが、自分と水色くんしか居ないって時点で味覚が 偏ってると思うのよね。実家に帰ったら母親の料理食べるし。


「今日何時から行くんだっけ?」
「えーと・・・確か3時待ち合わせだったかな」
「早いね?」
「啓吾が企画したんだよね」
「・・・ああ」


浅野くん企画なら、集合時間が妙に早いのも納得できる。多分寂しかったんだろうな。 オレンジジュースを置き、フォークを手に取る。


「どうする、今日」
「ん、・・・待ち合わせまで時間あるし、ちょっと出かけない?」


トマトを口に含みながらの水色くんの提案に、頷くことで同意する。そうと決まれば 早く食べて洗濯してしまおう。昼前には終わればいいのだけれど。