----------果たして私は、生き続けるべきなのか。


 聞けば、一護はこのソウル・ソサエティに乗り込んできたらしい。「誰のためか?」。そんなの、 考えなくとも分かる。私を助けに来たのだ。現世であんな別れ方をした私を。自意識過剰なんかではない。 あやつは、---------一護は優しいから。きっと私の泣きそうな顔に気づいていたのだ。


 しかし私は、一護が命を懸けてまで助けられるような人物ではない。いいんだ一護。 いいのだ。
 手が固定されたかと思えば、身体はぐん、と宙に浮いた。一瞬驚いて息を詰める。 気がつけば己の体は地上数百メートルの位置にまで浮かび上がっていて、下を見つめれば 大好きな兄の-------兄上には嫌われているようだが-------漆黒の髪が見えた。


---------死ぬのか、とうとう。魂も残さずに。
 でもそれはそれでいいような気がした。自分は、やっぱりあの人を殺してしまって、あの人は 魂魄すらない状態で。自分だけがおめおめと生きながらえているのは、なんだか苦しくて。


「海燕、殿」


----------私が死ねば、あなたはいつかのように迎え入れてくれるだろうか。 馬鹿だなあと、私を笑ってくれるだろうか。そんなのはきっと、私の希望でしかないけれど。


「・・・・・・さよなら、」




めを、と    じた 。






連夜 恋々 零時を越えて   





にゃあん。


「ん・・・?」


 するりと音も立てずに忍び寄ってきたそれを、見下ろした。わたしの足に尻尾を絡め、 何かを訴えるように円らな瞳で見上げてくる、一匹の猫。実家に帰ってきて三日目。 まだ夏休みが終わるまでは家で泊まりなさいよ、と笑顔で母親に告げられて(あれは 完全に脅迫だったけれど)(というか実の娘を脅すなんて・・・さすが竜玄さんの姉) 、わたしはこの広い家で残り少ない休暇を過ごしている。一人暮らしと違って、 ご飯も洗濯物も掃除もすべて母親がやってしまうものだから、何一つやることが無い。 無さ過ぎて暇だ。


 父さんも、家にいるとか昨日は言っていたはずなのに、「すまん。外せない用事ができた」 とか言って出て行ってしまった。母さんもいつも通りの勤務だし・・この広い家に 一人残されるのは慣れているけれど、こんなことならわざわざ実家で泊まる必要なくないか。 だけれど、この黒猫の世話を任されてしまったし、とりあえず暇なのを精一杯楽しんでおこう、 と小さな溜め息。


「黒さん、どした?」


膝を折って、猫の視線まで屈む。


『黒さんって・・・もっといい名前付けろよ』
「十分でしょ。黒いし」
『安易』


・・・そんなきっぱりと。


「でもさあ、お母さんは’ネコ’って呼んでるよ」
『ネーミングセンスの無さは遺伝かよ・・・』


 失礼だなあ、なんて頬を膨らませてみれば、黒猫がわたしのスカートに前足を掛け、 ぺろりと顎を舐める。びっくりした。


「やーん、ネコさん可愛い・・・!」


 その円らなお目々にきゅんきゅんしながら、黒猫の顔に頬を押し付ける。毛並みが無駄にいいから、 お母さんかお父さんのどちらかが手入れしてるんだろうなあ。あの二人動物好きだから。 ああ可愛い、と小さな獣を抱きしめる。


「にゃあ!」
「いだっ!!・・・・・あー血が・・」
『アホだろ・・・』
「うるさぁい!」


 あまりにも抱きしめる力が強すぎたのか、黒猫に手の甲を引っかかれてしまった。 ちょっぴり血も滲んできたし、どんだけ強く引っ掻いたんだよ、ネコさん。 かっちゃんの言葉に言い返すと、黒猫がビクリと身体を震わせた。 そうして、(人間だったら)怪訝な様子で、こちらを恐る恐る見つめてくる。


 ・・・・確かに、わたしって今独り言を言っている状態なんだよねえ。何て寂しい女だ。 言ってて自分で悲しくなってきた。まあ、これが猫だからよかったものの、水色くんにでも見つかってしまえば、 わたしは確実に恥で死ねる。『実はわたしの中に死神さんが住んでるんです〜』とか言っても、 大体信じてもらえないし、近所の精神病院に連れて行かれてしまう。それだけは勘弁願いたい。 わたしは、まだ真っ当な人生を生きていくんだから・・!


『’まだ’とか言ってる時点で、もう手遅れじゃね?』
「言うな・・・!」


 なんか惨めな気持ちになってきたぞ、あれ?大体わたしの人生はどこで狂ったというのだ。 かっちゃんが憑依してくるのはまあ、一般人には中々無いことだけれど、今まで何にも困ることなく、 普通に過ごしてきた。中学校のときとかはテストのとき教えてもらってたし。自分より頭のいい大人が いると凄く便利だ。うん、まあもろもろを含めて一般人にまぎれて生活をしてきたはずで、 じゃあどうしてこんなに何かに悩まされたり、怪我が増えたり、精神的に疲れたり、 手から衝撃波が出るようになったのかというと。



「あ、朽木さんだ」
「にゃあん?」
『あ?・・・ルキアがどうした』


 黒さんはわたしの言葉に(恐らくわかっていないんだろう)首を傾げて、かっちゃんは ひどく不機嫌そうに尋ねてくる。かっちゃんの場合、わたしがグズグズしていた所為で、 ソウルソサエティに行けなかったからだ。


「んーん。朽木さん元気かなあって」


 誤魔化すようにそう告げれば、かっちゃんは何か思うところがあったのか、黙り込んでしまった。 わたしは、朽木さんが失踪してしまった理由を詳しく知らない。かっちゃんも何も教えてくれなかったし。 でも、みんなの記憶から突然いなくなってしまった朽木さん。「夏休みはしばらく会えないから」 と語っていたという黒崎君(この情報は、水色君からそれとなく聞いた)。同じく、茶渡君と 井上さん。そして、散霊手套(さんれいしゅとう)を取りに来ていた雨竜くん。彼らは、いなくなってしまっていた。 そこから導き出される答えは、何らかの理由でソウルソサエティに帰った朽木さんを 黒崎君一同が追ったのではないか?


 そして、普通に考えて行けないはずのソウルソサエティに、なぜ黒崎君達は行くことができたのか。 かっちゃんだって、わたしに憑依しているけれど、死神には違いない。けれどどうしてソウルソサエティに 行くことができないのかといえば、地獄蝶と呼ばれる媒介が必要らしいのだ。かっちゃんはそれを 持っていない。まあ、現役の死神じゃないのだからそれは当たり前のことだ。でも黒崎君達は? かっちゃん曰く、「黒崎も死神の力を持っているけれどそれはあくまで俄か」だから、 地獄蝶を持っているはずがないのだ。それに、わたしは死神ではなかった黒崎君を知っているし。


----------答えは簡単。この現世に、黒崎君達がソウルソサエティに行けるように協力した「死神」 がいるから。


 かっちゃんもそれには気づいてる。その死神を探して、今すぐにでもソウルソサエティに行きたいという 気持ちを押し殺しているのもわたしは知っている。けれど、わたしが平穏を求めていて、 普通に生きたいと思っていることをかっちゃんは何よりも知っているから。だから、わたし の気持ちを尊重して、ただただ朽木さんの安否を気遣うだけで。


-------もどかしいだろうな、と思う。
 かっちゃんは、朽木さんのために転生せずに留まっているのだから。せめて、わたしの体じゃなかったら。 かっちゃんは簡単に「表」に出てこれただろうし、死神としての力も全面的に出ていたに違いない。 けれどわたしは、才能がないといっても、「あの人」の孫だ。ちゃんとした、クインシーの 血筋。その「血」が、かっちゃんの死神の力と相殺し合っている。


「ごめんね」
『・・・・・何だよ?』


 いきなり謝ったわたしに、脳内で怪訝そうな問いが発される。ごめん。本当に、ごめん。 わたしは臆病で、意気地無しだ。朽木さんを助けに行って----------いや、死神に会うことが怖い。 死神に会えば、何かが変わってしまいそうだと、仮初の平穏が崩れ去ってしまいそうだと、 思ってしまう。だから、ごめんね、かっちゃん。そして、朽木さん。我儘でごめんなさい。