コンコン、と普段は来ないはずの社会科職員室の扉をノックする。彼女の授業の時間割はすでに把握済みだ。 この時間なら職員室に彼女以外の他の教師がおらず、話がしやすい環境であることも。「失礼します」 と扉の取っ手に手を掛け、横にスライドする。すると、意外な来訪者に驚いたのか 切れ長の目を見開いた彼女の姿があった。 「お久しぶりです、さん」 「・・・あ、・・・うん」 とりあえず他の教師に見つからないように、扉を閉めてさんの座っているところまで近づく。 話を終えるまで出ていくつもりはないと態度にあらわすと、さんは苦笑しながら席を立った。 「とりあえず、適当に座ってて。今お茶入れるから」 「いえ、お構いなく」 そう告げながらソファへと移動し、ゆっくりと身体を下ろす。自分に珍しく遠慮というものがないのは、 彼女が自分の従妹だからだ。普段クラスメイトに堅いだとか真面目だとか言われる自分だって、 親類ぐらいにはだらしないところを見せる。それはもちろん、父親の竜弦を除いて、だが。 「結局、夏休み中会わなかったね・・・どっか行ってたの?」 「はい・・・・ソウル・ソサエティに」 おそらく、一部の人間しか知らない単語、ソウル・ソサエティ。死神やクインシーとは 露ほども関係のないさんだって、この言葉は知りえないはずだった。だけれどさんは、 一瞬ちらりとこちらに反応して-----------「そう、」と言葉をこぼす。 彼女は昔から聡い人だった。だから何となく、自分がどこに、何をしに行っていたのか すでに分かっているような気がして。お茶の入ったコップを手に、向かい側のソファへ腰を下ろしたさん に視線を合わせた。 「向こうで、・・・・祖父の仇に会いました」 「・・・・・・うん」 「死神、でした」 今でも、脳裏に簡単に思い描くことができる。写真に写りこんだ、見るも無惨な姿。 生前のあの優しい表情はどこにもなくて、真っ赤な血が切り離された首にこびり付いていた。 思えば、自分は祖父の死体を二度見たことになるのだ。一度目は現世で、生身の死体を。 そして、二度目は魂魄としての祖父の死体を。どちらも無残で、残酷で、あの写真を見せた 死神を殺してやるという気持ちが一瞬にして湧いてきた。 殺してやりたい。祖父を、あんな目にあわせた死神を。--------涅マユリという男を。 だけれど、自分は殺せなかった。さんに渡してもらった散霊手套を使って、 一時的に能力を上げていながら、あの男を殺せなかったのだ。 黒崎は、いいやつだ。本人には決して言ってはやらないが、友達思いで頼りになる。 朽木さんだって、直接自分とは関係がなかったけれど、自分がイメージしていたよりも いい死神だった。ソウル・ソサエティに行って、いろいろな死神と出会って。 未だに死神に対してはどうにもならない感情が燻っているけれど、いい人たちだとは思う。 でも。 きっと、自分はあの死神だけは一生許さないだろう。だって、魂魄すらあんなに殺されたということは、 他の人間と同じように転生することはかなわない。現世にも、ソウル・ソサエティにも、 祖父の魂はないのだ。 ふいに、ぎゅ、と抱きしめられた。いつの間にか机を跨いで眼の前にいたさんの 腕が、首に回され、そのまま肩に顔を押し付けられる。 「--------がんばったね、雨竜くん」 果たして自分は、褒められるほど頑張れたのだろうか。自分と同じくおじいちゃん子だった さんから、慰められる資格はあるのだろうか、と。そんなことを思いながら、 さんの腰に手を回す。 「辛かったね、痛かったね。よく、頑張ったね」 「・・・・っ、・・」 「ありがと。・・・・・・・・・・ごめん、ね」 泣きそうな声でごめんねを繰り返すさんを、強く強く抱きしめる。そう言えば、こうやって 彼女に触れるのはいつ振りだろうか。「雨竜くん」と名前で呼ばれたのは?いつから、 彼女は他人行儀になったのだろう。自分から、距離を置くようになったのだろう。 そう思うと、なんだか、悲しくなった。 継ぎ足し 爪弾き つじつま合わせ もうすぐ授業が終わるから、そう言って、石田君は職員室を後にした。それを見送って、 ゆっくりとソファに身体を沈める。いつの間にか、気を張っていたようで、妙に身体が重い。 「フゥ・・・」 あの人を--------祖父を、殺したもの。わたしは竜弦さんや雨竜くんのように霊感がない。 つまり見えないということは、あの日祖父が何と戦っていたのかすらも知らない、というわけで。 だから祖父が死んだ理由を知ったのは、祖父の葬式もろもろが終わった後、竜弦さんに 教えられたからだった。「虚だ、」と煙草を吸いながら、呆然とする私に一言、告げた。 現世で殺したのは虚。ソウル・ソサエティというあの世で殺したのは死神。「ころせなかった」、 涙声でそう言う雨竜くんを抱きしめながら、わたしは思った。 わたしは、死神や虚が憎いわけじゃない、と。 だって本当に許せないのは、 。 『』 「・・・なあに?」 『・・・・・・あんま、思い詰めんなよ』 うん、わたしはまだ大丈夫だよ。そう答えながら、ふと思う。もしかしたら海燕は、 祖父を殺した存在を知っていたのかもしれない。いくら最近まで「死神」としての 記憶がなかったからといっても、記憶が戻ってきてからは祖父を殺したものの正体を 知っているはずなのだ。かっちゃんはわたしと違って見える目を持っているのだから。 あの日。あの場所で、臆病に逃げ、隠れていたわたしの中から。 ----------きっと、見えていたはずなのだ。 |