学校に到着し、校内に足を踏み入れると、見知った後姿を見つけた。かっちゃんとの会話をやめ、 足音を立てないようにしながらその人物に近づく。一つに括った黒髪を揺らしながら歩く 彼女の肩をぽん、と叩いた。


「越っ智先生ー。おはようございます」
「うわあ!!!」


越智先生の身体が大袈裟なぐらい跳ねる。そして肩を叩いた人物がわたしだと知ると、 彼女は重い溜め息を吐いた。


「なんだ・・・先生か・・・おはようございます」


驚かせないでくださいよ、と彼女は言う。それに笑いつつ、職員室の扉を開けた。 ここ、空座第一高等学校でわたしは教師をしている。担当教科は社会科全般だ。だけれど今年は 一年生担当だから、現社を受け持たせていただいている。


大学で教員免許を取得し、難関だといわれている教員採用試験を玉砕覚悟で受けてみると、 ところがどっこい合格してしまったのだ。あの時は本当に吃驚した。多分一生分の運を使い果たしたんじゃないかって 思うぐらいに。かっちゃんも『信じらんね・・・』と大層驚いたようだったから、 思わず笑ってしまったものだ。まあそういうわけで、わたしはまだ教師暦2年と言う 新人である。


そして、先ほどの越智先生は1−3の担任兼国語教科を教えているベテラン教師だ。 若いのに、生徒に慕われているその様はすごく尊敬している。わたしの憧れの先生だ。



「先生方、今日は転入生が来られます」


教頭が職員室内を見回し、わたしの隣の机にいる越智先生に視点を定めた。


「越智先生、転入生は1−3なのでよろしくお願いします」
「あ、はい」
先生も」
「分かりました」


1−3の副担任であるわたしにも声をかけると、教頭は職員室を出て行ってしまった。 それにしても転入生か。確か家庭の事情でこんな時期になることは知っていたが、 今日だっただろうか。そんなことを考えていると、越智先生がこちらを振り返った。


先生、1限は現社でしたよね」
「あ、そうです」


こくり、と頷くと越智先生は一人で納得したように頷いた。何だったのだろうか。


「越智先生は・・・?」
「ああ、あたしは3限が現国」
「今日来られる生徒さんって、桃原くんでしたっけ」
「・・・・・え、確か女の子だったよ」



担任と副担任が、揃いも揃って有耶無耶な記憶しかもっていないのはどうかと思うが、 何故かこの状況に違和感を感じるのだ。あれ、呆けたかな。



(どゆこと?)
『知らねえ・・・・でもなんかおかしいな』
(だよねえ)


中にいるかっちゃんもどこか違和感を感じ取っているらしい。内心首を傾げながら 1限の準備をしていると、ノック音の後に扉が開いた。入り口に立っている女生徒は スカートの端を持つと軽く一礼する。


「失礼いたします。本日転入して参りました、朽木ルキアですわ」



お嬢様言葉で話す彼女に、越智先生が近づいていく。そして何かを話すと、朽木さんは 職員室を出て行ってしまった。


『っ、あれは・・・』
(・・・かっちゃん?)


脳内で、彼はひどく動揺した様子だった。どうしたのか、と名前を呼びかけてみるが 返事はない。


(どうしたの?)
先生」
「はい!」


かっちゃんに意識を傾けていたため、急に話し掛けられて吃驚した。目の前の越智先生を 見上げると、彼女のほうが驚いた顔をしていたため、眉を下げて謝る。


「えーと、先に教室行っておくから、準備できたらクラスに来て下さいね」



にこりと笑うと、越智先生も職員室を出て行ってしまう。職員室にはクラスを受け持っている ほとんどの先生がいなかった。いつの間にか始業のチャイムが鳴っていたようだ。 急いで準備を済ませると立ち上がり扉を開く。その間にも脳内に話しかけてみたが、 かっちゃんは意識をどこかに飛ばしているように、こちらに答えはしなかった。



-----------ただ一言、『ルキア』と。


「・・・え?あっ・・・ぐ、ぅ」


痛い。


視界が、ぶれる。


思わず壁伝いに床に座り込んでしまう。ずきずきと痛む頭を両手で抱えて、奥歯を噛み締める。 なに、なんなの。痛くて、辛くて、どこか、苦  し  い。


『っルキ、ア』
(・・・・・・そんな泣きそうな声で、言わないで)




浪漫 蝋燭 路頭を照らせ






「今の霊圧は・・・」
「近いな。誰が放ったものか・・・」
「朽木さんじゃ、ないっすよね」
「ああ・・・・一波乱、起きそうじゃな」