今日、我がクラスに転校生が来た。本当は昨日、九月一日に転校してくるはずだったのだけれど、 彼はなぜか学校に来なかったのだ。書類に表記されていた名前は、「平子真子」くん。 一度だけ、平子君が学校に挨拶に来ていた時にしゃべったのだが-------なんとも、 面白い子だった。ころころと直ぐに変わる表情は見ていてとても楽しかったし、 トークスキルもある。ただの高校生らしくないなあ、と思ったのが最初の印象。 そしてそれを肯定するかのように、海燕は呟いた。


『平子、真子だって・・・?』
(・・知り合いなの?)


 茫然。その一言に尽きる。海燕は逡巡躊躇った後、「死神だ」といった。


(死神?・・・この子が?)
『そう、でもただの死神じゃなく、元隊長格だ』



 隊長格、というぐらいだ。結構偉い立場にいた人物だったのだろう。それにしても、 かっちゃんが死神のことについて話すのは珍しい。ふうん、と何でもないように返事をしながら、 内心驚いていた。


 同時に。嫌な、予感がして。






狙い 根回し 捻じ伏せ口付け







 俺は死神だった。だった、と過去形なのは、すでに自分が死神としての立場を手放してしまっているからで、 つまりソウル・ソサエティで死んでしまった身、だというわけだ。死んだ理由っていうのは、 まあ-------虚との戦闘中に、というのが一番いい説明の仕方だと思う。実際は部下である 朽木ルキアに刺されたからなのだけれど、それは別にルキアの所為じゃあない。


自分の妻が虚に殺されて、冷静な判断ができなくなっていた自分が虚に戦いを挑みに行ってしまったから だ。もう少し冷静な判断ができていれば、増援を頼んでいれば。自分が自分でなくなる、 虚に侵食される、なんてことは起こらなかったはずなのだけれど、やはり人というものは 愛しいものを傷つけられるとわけが分からなくなる。絶対に許さない、とあまり歓迎されない 恨みだけが感情を支配するのだ。


 俺は虚に侵食されてしまった。あの真っ暗な世界の中で、辛そうに 顔を歪めていた隊長や、刺す前に歯を食いしばって泣くことを耐えていた部下の姿は、 何故だかはっきりと見えた。でも、俺を殺さなければ、志波海燕という人格を失ってしまった 身体は二人を殺そうとしただろう。そんなのは、嫌だった。仲間を手にかけること、 そんなことは絶対に、お断りだ。


 だから、ルキアが俺を刺したことは恨んでなんかいない。むしろ人として、志波海燕としての 何かを失わずに済んだということで、感謝すらしているぐらいだ。だのに、きっとルキアは、 後悔して、自分を責めているのだろう。あの小さな部下は真面目だ。真面目で、大人しくて、 人からの好意に弱い。そんな優しい奴に、殺すことを強要してしまったことは、俺の 心残りだった。


 だけれど、これから転生して、死んで、再びルキアと出会うまでに、一体何十年の 気の遠くなるような時間を過ごせばいいのだろう。「気にすんなよ」って。「悪かったな」 って、それだけを告げるために、何十年もルキアは重荷を抱えて生きていくのだ。 そんなのは、俺の本位じゃない。だけれど、ならばどうするというのだ?すでに 俺の身体は虚のものとなってしまった。ソウル・ソサエティには、もう戻れない。


 そうやって悩んでいる俺の耳に、赤ん坊の泣き声のようなものが聞こえ始めた。 おぎゃあ、おぎゃあ。おぎゃあ、と元気な泣き声。俺の身体は、-------魂は、その 泣き声の主に引き寄せられる。おぎゃあ、おぎゃあ。


 ああ、こんなところにいたのか。俺の、



 そうして、ぶつん、と意識は途切れる。後は、の知っている通りだ。俺はに憑依した形になり、 転生はしなかった。記憶のないまま、の子供のころから接してきて、ルキアが現世に 降りて再び再会した日(それはもちろんという体を通してだが)、俺は死神だった 志波海燕としての記憶を取り戻した。そう、俺はルキアのためにここにいる。ルキアに、 「悪かった」って告げるために、存在している。存在意義を思い出したけれど、 俺は、の為にもここに留まっているのではないかと思っている。


 ルキアがソウル・ソサエティに帰って、後を追わなかったのがその理由だ。もちろん にそんな能力がなかったというのもあるのだろうけれど、俺はやっぱり、に ソウル・ソサエティに行く力があったとしても、現世に留まっていただろう。ルキアも大事だけれど、 この二十数年間と一緒に生きてきたのだ。情が移ってしまうのも当然じゃないかと思う。


 は、クインシーである祖父が死んでから。というより、祖父の死因が虚であると 聞いてから、異質なものを極端に恐れるようになった。幽霊、死神、虚。そんなものは 見たくもないし関わりたくもない。だから心霊番組なんて見るのも嫌だし、そんなスポットに 近づく人の気がしれないと言っていたぐらいだ。俺が死神であるということはいとも簡単に 受け入れてくれたが---------本当は、鬼道を使って虚を倒すのも嫌で嫌で仕方なかったのだと、 思う。



 だからがルキアを助けに行かないこと、に不機嫌になりはしたけれど、俺は の感情に従った。確かにルキアは大事だ。だけれどお前も大切なんだよ、。 今更かもしれないけれど、俺は、が好きだ。どういう感情で?そう聞かれると困ってしまう。 親的な意味で、かもしれないし、兄弟のように育ったから、親愛の情かもしれない。 でも、そんな愛情の種類はどちらでもいいのだ。俺は、が好きだ。だから、守りたい。



----------だから、余計。「気付いてしまった」のだ、俺は。



 ますますは、彼女に似てきている。顔もろもろも、雰囲気も、性格も。 時々恐怖すら、抱いてしまう。


 これは本当に、---------偶然だったのか?俺がに憑依した理由は、本当は。




 この気持ちも、本当は。